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伊藤 守

[No.88]  伊藤 守のおすすめ
夢を売る
ガイ・カワサキ著 秋葉なつみ訳 (東急エージェンシー)


「説得(ハードセル)から伝道(エバンジェリズム)へ」というサブタイトルのついたこの本は、1990年代初期に書かれたマネージメントおよびマーケティングについての本で、10年以上の時間を経て、今なお新鮮な驚きをもたらす一冊です。エバンジェリズムとは「福音伝説」という意味で、自社の製品や思想を、自分が信じているのと同様に相手にも信じさせるプロセスの意味として使われています。

コンピュータは、1990年代初期ではまだ、マッキントッシュとIBMのユーザーがきれいに分かれていました。当時、マックユーザーと言われる人たちは、マックにただのコンピュータ以上の愛着をもっており、近くにいる人たちに自分からマックについてプレゼンをし、マックを使うことの意味について語りました。その当時、マッキントッシュは欠点だらけの製品でしたが、それでもユーザーはマッキントッシュドリームを、アップル社の社員のように熱く語りました。非常に興味深い状況です。

マックを友達に伝道する人たちがいる一方で、自分がIBMを使っていても、IBMを友達に勧める人はいませんでした。マッキントッシュは、日常的なエバンジェリズムによって、その地位を確立していったのです。ガレージから生まれたマッキントッシュドリームとユーザーの夢は、どこか一致するものがあったのでしょう。もしくはアップルの販売戦略だったのかもしれません。PCは単なる道具ではなく、夢をかなえる道具であるという意味を、ユーザーは共有したのでしょう。

10年経った今、少数になってもマックユーザーは健在です。「私はマックしか使いません」という方にときどきお会いします。しかし今やアップル社が、製品だけではなく、夢をユーザーとシェアしているのかといえば、そこには疑問が残ります。単にウィンドウズが「ユーザーフレンドリー」になったからというだけではないように私には思えます。

ボディショップ、マツダのロードスターなど、単に顧客に商品をプレゼンして売るのではなく、買った顧客が、その先の顧客に影響することを前提にした戦略として、エバンジェリズムはあります。いうまでもなく、どんな広告宣伝よりも口コミの力は大きいのです。1990年当時、マックユーザーは、ペンやシールにアップルのロゴが入ったものを持ちたがりました。それはアップルだからであり、誰もIBMのロゴの入ったシールをバックに貼ったりする人はいないでしょう。

また本書は、エバンジェリズムを偶然ではなく戦略としてとらえ、具体的にエバンジェリズムを引き起こす条件を分析しています。

「あらゆるエバンジェリズムの出発点は大目的である。大目的とは、「なぜ」エバンジェリズムなのか、あるいは、インテリ然としたアメリカ人が言うところの「存在理由」のことだ。命のないものに意味を与え、意味あるものに命を与える何かである。そして、その大目的は5つの性格を持っている。」(本文より)

その5つの性格とは次のとおりです。

  • ビジョンを具体的にする
  • 人のためになる
  • 大きな効果を生む
  • 没我的な行動を促す
  • 没我的な行動を促す

この中で、「人のためになる」という点についての例としても、マックが挙げられています。マックはマックペイントという絵画作成プログラムで、何千人という人に「この俺にも絵が描けた」という喜びを与えました。それがマックを大目的にしたのです。

本書がさらに興味深いのは、アップル社がIBMと肩を並べている1980年代後半から90年代前半という時代であるにもかかわらず、ビジョンに関して次のような予告をしていることです。「リーダーはビジョンに信念は持っていても、ときにビジョンを理解していないことがある」。

たとえばアップル社の場合、1985年以降、ビジョンを理解していない人を採用する傾向が続きました。アップル社は、株というわかりやすい利益だけを追求し、大企業に勤めた経験のある人たちを積極的に雇うようになったのです。アップル社は、経験はあってもビジョンを理解しない人を雇い続け、結局、それは悪循環を生むことになるのです。

エバンジェリズムが、単なる運や偶然ではなく戦略的なマネジメント、そしてマーケティングによって生み出されることがよくわかります。10年経っても色あせていない素晴らしい一冊です。


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