宮部みゆきの多彩さにはいつも驚かされる。下町人情話風味の時代物、社会派推理小説テイストの現在物、SFタッチの超能力ミステリー物と、どのジャンルも甲乙つけがたくきちんと読ませてくれる稀有の作家だ。
そして今度はついに、ファンタジーRPG(ロールプレイングゲーム)小説である。
両親の離婚と家庭崩壊という危機に出会ってしまった、まだ11歳の三谷亘くん。父を連れ戻し、再び平和な家族に戻すため、運命を変えることのできる女神の住む世界「幻界(ヴィジョン)=現実世界に住む人間の想像力のエネルギーが創り出した場所」に旅立つことに。
ファンタジーRPGのお約束通り、魔導士に旅支度を整えてもらい、トカゲ男、ネコ娘、ドラゴンの子供などの「旅の仲間」の力を借り、さまざまな困難に立ち向かいながら、5つの「宝玉」を手に入れ、女神のいる「運命の塔」を目指して行く。
11歳の少年が困難を乗り切るためのモチベーションを裏付けるためか、旅立ちまでの現実世界での話が実に長い。亘くんが幻界に旅立つまでに、全体の1/4を費やしているが、逆にこの現実世界での話が、読みなれた宮部みゆきの小説世界を楽ませてくれたりもする。
自称RPGマニアの宮部みゆきらしく、幻界に入ってからも、挿話のひとつひとつがそつなく仕上がっている。感情移入させやすい魅力的な脇役たちとの波乱万丈の冒険に加えて、現実世界にある差別や国際間の問題も寓意的に散りばめられており、最後まで時間を忘れて読みふけさせてくれる…、が、何か充足感がないのはなぜだろう。
宮部みゆきならば、もっとおもしろく書けたかも、という無いものねだりから?この時間を使って、いままでの路線の小説を続けて欲しかったから、という読者の保守的なエゴから?
どれも違うと思う。この小説のおもしろさは保証する。週末に徹夜して、1300ページを一気読みをさせられてしまったくらいなのだから。しかし、いったいこの痛痒感は何なのだろう?
ひとつだけ思い当たるのは、読書中「この話、読むんじゃなくて、自分で亘くんになってやってみたい」と何度か思ったことくらいだ。そう、他人のやっている、おもしろそうなコンピュータRPGを横で見ているような感じ、といえば好きな人には分かってもらえるかもしれない。
それくらい、この小説はおもしろかったということだ。 |