本書の結論を書いてしまえば、心の起源を「記憶」に求める、という仮説から出発して見えてくる世界はどのようなものか、ということになる。たしかに時空の認識、論理、感情、意識、主観、といったこころの様々な働きはいずれも記憶なしには成立しない。「記憶の成立によってはじめて瞬間のみに生きていた生物は過去を持つようになる。過去が堆積してそこに時間の流れが成立する。また、時間の誕生とともに空間が拡がり始める。生物が時間を持たなければ、自分のおかれている位置は、現在という瞬間に感覚がおよぶ範囲に局限され、それを超え出ることが出来ない」などという記述は、時間の流れを得たことにより初めて「今ここ」のせつなさを感じうることなどを思い出させてくれる。もうひとつおもしろかったのは「記憶の成立による判断の出現により、一方で反射行動に対してはそれが判断などに干渉されぬように反射に関わる神経回路を判断の回路からは隔絶させて自律神経系が生まれた。」なるほどと生命の巧みさに感心する。すべてこれらのことも淘汰を受けた結果の進化なのだろう。思索の刺激を与えてくれる論考である。
|