ぼくはドイツの音楽大学で教鞭をとっている。ブエノスアイレスの教会に突如現れた、謎の天才オルガニストの演奏を収めたMDが、雑誌記者から送られて来る。彼の演奏するバッハは、まるでかっての……。難しい、ストーリを紹介するのが難しい。ジャンル分けすら難しい。何を書いても、ネタを一つばらしてしまいそうだ。1998年第10回ファンタジーノベル大賞受賞作とだけ言っておこう。
ハードカバーももちろんおもしろかったが、漠然とした消化不良感が残ったまま、ずっと気になっていた小説だ。文庫版の瀬名秀明の解説を立ち読み。人称が「三人称」から「一人称」に変わったことを知り再読。これはまちがいなく「ぼくは」と語られる物語だ。この作家のこの物語にこの人称がぴったりだ。まったく新しい小説として読まされてしまった。
近未来を舞台にしながら、バロック的な雰囲気に満ちているのは、バッハとパイプオルガンを素材として使っているからだけではないだろう。バロック小説風の書き込みも緻密。これを読めば教会オルガンに関しても、そこそこ語れるようになってしまう。
ファンタジー心を持った理科系作家が、バッハとオルガンという伝統的な世界を題材に書いた“青春小説”だ、と書くと、きっと誤解されてしまうのだろうなあ…。ジャンルを超えた、この不思議な魅力を持った小説の一読をお奨めする。 |