姉の家で頭を殴られ、1ヵ月の昏睡から目覚めたぼくは、犬なみの嗅覚を手に入れていた。匂いが色と形で見えるのだ。昏睡している間に姉は殺され、友人は失踪。次々と起こる人妻殺人はどうやら姉を殺したやつの仕業らしい。姉の仇を討つんだ。記憶に残る犯人の匂いの色と形を追ってぼくの追跡が始まる。
井上夢人にはいつも驚かされる。もし警察犬が口をきいたらとか、もし人が犬なみの嗅覚を持って犯罪捜査に加われたらとか、ここまでの想像はたやすい。井上夢人の想像力はさらに上を行き、匂いが形と色で見えるというところがミソだ。異常な嗅覚ということで、これだけいろいろシミュレートできてしまうのだからすごい。
匂いのイメージは美しく、色とりどりの透明な結晶として表現される。読書中、まわりにクラゲのようにプカプカ浮かぶ、オレンジや赤や青の光る結晶に心地よく全身を包まれながら、残りページの少なさに愕然とさせられる。まさにページターナーだ。
井上夢人の文章は、薀蓄すらもいやらしくなく、いつもすらすらと頭と心に入り込んでくる。新書版になったことだし、SFっぽいミステリーってちょっとという方には入口として、宮部みゆきまでで止まっている人にはもう一歩先として、ぜひお奨めしたい。 |