Keikyoレポート『ビジネスコーチング』
「部下のデータベースをもつ」
No.621 平成17年4月
部下について、あなたは何を知っているでしょうか。年齢やどこの大学を卒業したか、どこに住んでいるか、家族構成など、知っていることはいくつもあるかもしれません。では、彼らがどんな価値観をもっているか、ものごとを判断するときに何を重視しているか、上司に自分について何を知っておいてほしいと思っているか、将来の個人的なビジョンなどについては、どうですか?
<ここで言いたいのは、上記に述べたような情報を知っていることが重要だということではありません。私たちは、ともすると自分のフィルターを通して相手を観察し、「この人は、こういう人だ」と決めてしまうことがあります。それは部下とは限りません。家族や周りの人に対しても同じです。しかし、コミュニケーションにおいて「知っている」と思い込んでしまうことは、なによりも危険なことです。そう思ってしまったら、それ以上、コミュニケーションを交わす必要がなくなってしまうからです。組織において、部下の能力や可能性を引き出し、会社のソーシャル・キャピタル(人間関係資本)を増やしたいと考えるのであれば、なおさら「知っている」というところから離れて、相手と関わることが重要になってきます。部下についてのデータベースを自分の中につくっていくようなつもりで関わるのです。
とはいっても、無造作に情報を集めても意味がありません。彼らのスキル、もっているタスク、健康状態や趣味などの個人的な情報、ビジョンなど、だいたい4つのカテゴリーに分けて、情報を蓄積していきます。面談などで、こうしたことについて質問することももちろん大切ですが、普段何げなく交わす会話からも、また、部下の行動を観察することからも情報は増えていきます。
また、部下についてのデータベースはつくってしまったら終わりというものではありません。彼らは、毎日成長し、高いスキルをもち、さらに多くのタスクをこなせるようになっていきます。健康状態も常に一定ではないのです。データベースの厚みを増やすことを意識し、そしてまたそれを更新していく。それだけで、自分の中に部下に対する関心が高まっていくのを感じるでしょう。関心をもって関わることで、部下の新しい能力や可能性を発見することが可能になります。
繰り返しになりますが、一番あぶないのは「知っている」と思い込んでしまうこと。「知っている」と思い込んでいないか、ときどき自分を振り返ってみてください。
「オープン・シークレット」
No.622 平成17年5月
私たちのまわりには、「オープン・シークレット」があふれています。「オープン・シークレット」とは、誰もが知っていること、あたりまえのことのはずなのに、普段忘れられていることをいいます。
たとえば、自分に非があることに気がついたら、すぐに謝る。私たちの多くは、そう教わってきたし、それが当然のことだと思っています。また、そうすることがいかに効果的かも知っているはずです。しかし、実際にまわりをよく見てみると、意地を張って、謝るタイミングを逸してしまう人が多いことに驚きます。「あたりまえ」のはずなのに、実際にできている人が少ないのです。そうする人が潔く見えるのは、つまり、そうする人が少ないからです。本当はみんな知っているはずなのに、実際にはそうしない。「知っていても、やらない」のであれば、それは「知らない」ことと実際には何も変わりません。「あたりまえ」のことと言いながら、実際にはまったく「あたりまえ」ではないのです。だからそれは「オープン・シークレット(公然の秘密)」です。
自分に非があるときに、すぐに謝った方がいいのであれば、そうした方がいいに決まっています。いつまでもそのことを「秘密」にしておく必要はないのです。「秘密」にしておいて、手に入るものは何もありません。知っているだけではなく、実際に自分がそのように行動する。それだけで、より早く信頼関係を築くことができたり、ものごとが進むスピードが速くなったりすることは、ほかにもたくさんあるはずです。
「あたりまえだ」と思っていることがあるのであれば、まず、自分がそうしているかどうかを振り返ってみることです。そして、自分のまわりでオープン・シークレットになっていることにアンテナを立ててみましょう。コミュニケーションが活発で、業績の上がっている職場には、オープン・シークレットが少ないはずです。
最後にもうひとつ、多くの人に忘れられ、オープン・シークレットとなっている事実について触れたいと思います。私は仕事柄、「どうしたら人間関係はうまくいきますか?」という質問を受けることがあります。その答えは「相手を大切にすること」。自分の関わっている人、家族や同僚、上司、部下、そのひとりひとりを大切にすることです。その人は、その人の人生においては主役であることを忘れないこと。そして、その人にも両親、家族がいて、大切に育てられてきたということを忘れないこと。あなたがそうであるように、相手も相手の人生においては主役です。また、あなたに両親や家族がいるように、相手にも両親や家族がいるのです。それは紛れもない事実です。そうでなければ、あなたもその人も存在しないのですから。でも、実際にはそのことは忘れられていく。部下と関わるときに、この「秘密」に思いを馳せるだけで、相手に対する新しい視点を手に入れられるかもしれません。
「ヒューマン・モーメント」
No.623 平成17年6月
コーチングは、双方向のコミュニケーションによって成り立っています。つまり、二人の人間の関わりがあることが前提です。よって、コーチとして部下と関わるときには、人が人との関わりに、何を求めているかを理解している必要があります。人は他人との関わりの中に求めているものがあります。それは、コーチングにおいても同じことです。
世の中のものの考え方には、大きく分けて、デジタルな考え方とアナログな考え方の2つがあります。デジタルな考え方というのは、正しいか、間違っているか、勝つか、負けるかというように、二極化した考え方。一方、アナログな考え方とは、二つに分けるのではなく、もう少しトータルに全体を見ていく考え方です。
企業というのは、どちらかというとデジタルな考え方によって成り立ち、デジタルなものものを求める傾向にあります。そして、上司は当然、能力が高いか、低いか、また、目標を達成するか、しないかといったように、部下に対してデジタルな考え方で関わります。コーチングが、目標達成のためのフォローであると考えると、コーチングの考え方も当然デジタルです。そしてそのように関わっていると、いつのまにかすべてをデジタルな考え方で見るようになります。
しかし、人が他人との関わりのなかに求めることは、必ずしもデジタルな考え方だけで理解できるものばかりではありません。たとえば、安全であること、つながり、安心感、信頼感などは、こうすると必ず手に入る、といった公式があるわけではありません。私たちは誰しも、人との関わりに「人間らしい関わり」を求めています。英語で言うと「ヒューマン・モーメント」、人間らしい瞬間です。実は、真のコーチに欠くことのできない能力というのは、どれくらいヒューマンモーメントをつくり出せるかどうかということなのです。
コーチングをしていると、ゴール達成や目標管理について話をするため、人が人との関わりに何を求めているかを忘れてしまいます。確かに、基本的に話したいのはデジタルなことなのです。しかし、実は、アナログな部分を忘れていると、肝心なデジタルな部分を機能させることができなくなってしまいます。「人間らしい関わり」が大事にされていないと、デジタルの部分を大胆に扱えないのです。人はデジタルなところだけでは動かないものです。どんな会話の背景にも、アナログな情報が流れていないと、デジタルの情報は動きません。だからといって、そこに親密感があれば、すべてがうまくいくということもありません。どちらが重要、ということが言いたいのではありません。大切なのは、デジタルとアナログのバランスがとれていることです。それは組織においても同じことです。人が他人との関わりに何を求めているかを理解していることは、組織やチームの業績に実は大きく影響するものです。
「パーソナルゴール」
No.624 平成17年7月
私たちの関心事とは、基本的にすべて自分に関わることです。それ故に、自分に関わりの薄いものに対する関心は、おのずと薄くなります。組織においても、そこで働く個人にとっての一番の関心事は自分自身に関わることです。つまり、企業の経営者が、会社の目標や目的をどんなに力説しても、社員の関心事は「それで、私はどうなるの?」ということなのです。それは決して、会社のことをないがしろにしているということではありません。会社のゴールに向けて仕事をしながらも、社員の一番の関心事は「私の行く末」なのです。
有能なマネージャーは、そのことをよく心得ています。ですから、目標を設定するときも、決して会社の意向を前面に押し出すのではなく、本人の意思を確かめます。たとえば売上目標を決める際にも、優れたマネージャーは、その目標を、本人が自分のものとしてとらえることができるまでフォローします。
「今月の売上目標は?」
「300万円」
平均的なマネージャーは、ここで「よし、がんばれよ」で終わります。しかし、いいマネージャーは続けて質問します。
「それを達成すると、君自身にとってどんないいことがある?」
「その目標を達成した、その先には何がある?」
そうすることで、会社の売上目標が相手にとってどんな意味があるのかということをはっきりさせていきます。会社のゴールと個人のゴールが重なる点を見つけるのです。いいマネージャーは、最初に部下の「私はどうなるの?」に応えます。それをはっきりさせるために時間を遣います。
組織には組織のゴールがあります。そして、組織に働く人にはすべてそれぞれの個人的なゴールがあります。100人の社員がいれば、100のゴールが、1000人の社員がいれば、1000のゴールがあるのです。実は、組織のゴールというのは、社員ひとりひとりのゴールが達成されることで初めて達成が可能になります。それは、個人にとって一番大事なのことは自分自身に関することだということを理解すれば、あたりまえのことです。どんなに会社のことを思っている社員の場合でも、会社のことは優先順位の二番目なのですから。だからこそ、組織のマネージャーやトップは、社員ひとりひとりのゴールを理解し、その達成をサポートすることを求められるのです。
私のコーチは、ある大きな会社の経営者とのコーチングセッションのとき、彼の秘書を部屋に呼んでもらい、彼に聞きました。
「彼女がどんなゴールをもっているか知っていますか?」
彼のクライアントは、「知らない」と答えたそうです。そこで彼は、クライアントに対してこう伝えました。
「彼女が、自分のゴールを達成することをあなたがサポートしなければ、彼女があなたの本当のゴールを理解し、その達成をサポートしてくれることはありません」
組織の目標であれば、それがどんな目標であっても、それを達成する必要を個人が感じ取らなければなりません。単にコミットメントを要求するだけでは充分ではないのです。その目標が、まさに自分の目標であるという実感が必要です。それが自分の目標になれば、社員はひとりで動き出します。それを達成することに、情熱を傾けるようになるでしょう。
マネージャーやトップに求められる能力とは、単にコミットメントを上げるだけではなく、個人の情熱を引き出す力なのかもしれません。
「ゴールのその先を見せる」
No.625 平成17年8月
子どもに50円玉を渡して、テーブルの上に立ててごらんというと、なかなか立てられません。でも、50円玉と爪楊枝を一緒に渡して、50円玉を立て、その穴に爪楊枝を通してみるように言うと、爪楊枝を穴に通すところまではいかずとも、50円玉をテーブルの上に立てるところまでは、ほぼ全員達成します。
目隠しをして100mの全力疾走を試したことがあります。ゴールの付近には、手を叩いている人がいて、そこがゴールだと知らせてくれます。ところが、不思議なのは、どんなに速く走っている人でも、手の鳴るゴールの直前にくると、突然足踏みを始めてしまいます。目隠しをして走ること自体、もちろんこわいのですが、みんなが一様にゴール手前で足踏みを始めてしまう様子は、とても不思議な光景です。おそらく、ゴールまでは予測がついても、そこから先の地面の状態や障害物の有無に対して不安があって、前に進めなくなってしまうのでしょう。
また、ゴールに対する条件反射もあるように思います。レースではゴールは走り抜けるもの、通過点にしか過ぎないのですが、私たちはゴールは「行き止まり」だと、無意識に思っているところがあります。それで、ゴールの手前で足踏みを始めてしまうわけです。
100メートル走のゴールも、仕事上のゴールも一緒です。仕事上で目標を立てていても、そのゴールの先をイメージすることができないと、やはりゴールの手前で足踏みをしてしまいます。もしその月のゴールを達成しないまま、次の月を迎えたらどうでしょう。そしてまたその次の月もゴールを達成しなかったとしたら、、、。毎月、ゴールの手前で足踏みをしたまま月を重ねることは、部下のやる気を奪い、本来もっている能力も発揮できない状態にしてしまう可能性があります。それを部下の能力のせいにすることは簡単です。しかし、部下に目標を達成してほしいと願うのであれば、上司もできるだけのことをする必要があります。それは、部下に目標のその次をイメージさせるということです。ゴールの先を見せる。その次の、次を見せるのです。その目標を達成した先にはどんなものが見えるのか。その月の目標が、ひとつの通過点であるというイメージをもたせることです。
「それを達成したら次には何をやってみたい?」
「5年後はどんな仕事をしていたいと思う?」
「30歳になったとき、どのくらいの年収を手にしていたい?」
「仕事からお金以外にどんなものを手に入れているんだろうか?」
その目標を達成した先にはどんなものが見えるのか。その月の目標が、ひとつの通過点であるというイメージを部下にもたせることです。そのために時間を割くことは、上司の責任でもあります。
「成長する機会を与える」
No.626 平成17年9月
組織はいつだって、能力も高く、意欲も高い人材を求めています。そういう人材ばかりだったら、その組織は永遠に右肩上がりを続けるでしょう。しかし、残念ながら、なかなかそういうわけにはいかないのが現実です。意欲が高くても、能力が足りない社員もいるし、能力も意欲も低い社員もいます。また、充分に高い能力をもっているのに、なぜか意欲の低い人、という社員もいるかもしれません。このようにさまざまな状態にある社員をマネジメントし、彼らの能力や意欲を常に高い状態に保ち、高めていくことができるかどうかは、上司にかかっています。では、具体的にはどうすればいいのでしょうか。
意欲が高く、能力が高い社員でも、難易度の高い仕事に挑戦すれば、もちろん失敗することがあります。彼は自信を失い、自分の能力に疑いをもち始めるかもしれません。そんなとき多くの上司は、「がんばれ、君ならできるはずだ」といったように、彼らの意欲に働きかけようとします。また「もうちょっと努力すれば、できるよ」といったように、何をすればいいのか明確にしないまま、ただ努力することを求めたりもします。しかし実は、彼らにとって必要なのは励ましではなく、能力を高めることなのです。やる気はもともとあるのだから、そこに働きかけても意味がありません。彼らは難易度の高い仕事をこなす能力を身につけ、成長したいと望んでいるだけなのです。上司がすべきことは、部下と一緒に彼らの能力やスキルを棚卸しし、その仕事をこなすのに何が足りなかったのかを明らかにすることです。そして、それを身につけることができる機会を彼らに与えるのです。そういった現実的な対応をせずに、意欲にばかり働きかけても、部下が成長することはありません。逆に、自分の能力に疑いをもったまま、やがて意欲も低下するという状態を引き起こす可能性だってあるのです。
意欲も能力も高い社員を育てたいと思うなら、常に学習する機会を与えること。それが一番の方法です。学習する機会を与えずに、意欲に働きかけたり、努力ばかり求めたりしても意味がないのです。
現在、プロ野球のソフトバンクの監督である王さんには、努力の人といったイメージがあります。しかし、どうも最初からそうではなかったようです。ピッチャーからバッターに転向した王選手は、バッティングフォームに独特の癖があり、いくら練習をしても結果につながらず、だんだんと練習嫌いになっていきました。その頃の王選手についたあだ名は、努力や根性といったイメージからは程遠い「なまけもの」でした。その後、荒川コーチの指導のもとで、バッティングフォームの改良を重ね、だんだんと結果が出るようになっていきます。練習して、結果が出る。そのことが、王選手をさらなる練習に駆り立てていきました。そして常に練習を重ね、努力をする王選手を、人は「努力の人」として見るようになったのです。
王選手の話は、具体的なスキルを磨くことで、意欲が高まっていったというとてもわかりやすい例です。私たちは相手に対して、とくに意味もなく努力や頑張りを強いてしまいがちですが、努力は強要するのものではありません。具体的な成長の機会を与える。そのことで、努力する楽しさや、面白さを実感できるところへ運ぶのが、上司の仕事なのです。
「自分のための質問」
No.627 平成17年10月
コーチングにおいて、基本となるスキルは「聞く」ことではありますが、聞こうと思っても、相手が話をしなければ、ただ耳を傾けていても意味がありません。相手の話を聞くためには、相手が話し始めるような効果的な質問をすることが必要です。だからコーチにとって、質問のスキルは、欠かすことのできない重要なスキルなのです。これまでも質問については取り上げたことがありますが、今回は別の視点から、質問について考えてみたいと思います。
私たちは、質問というと、相手に対して投げかけるものだと考えています。しかし、実は私たちは、ものを考えるときや何かを判断するときに、自分の頭の中で自分に対する質問を繰り返しているものです。相手(たとえば部下)の能力を引き出すために質問するように、自分に対しても効果的な質問をすることができれば、自分の能力や可能性を引き出していくことができるようになるでしょう。自分に対して効果的な質問をすることは、セルフ・マネジメントには欠かすことができないのです。
自分がどのように物事を考えているか、その様子を振り返ってみると、頭の中で自分に質問をしていることに気づきます。つまり何かを考えるときというのは、私たちが自分自身と会話をしているときなのです。あなたはふだん頭の中で自分とどんな会話を交わしているでしょうか。
「いつもうまくいかないのはなぜだろう」
「どうしてまた失敗してしまったんだろう」
または、
「次はどうやればうまくいくだろうか」
「今すぐできることは何だろうか」
他者に対する質問と同様、自分への質問にも、効果的な質問とそうでない質問があります。自分自身を振り返って、自分を責めるような質問ばかりしているようだったら、考えを発展させるようなオープン・クエスチョンを試してみる価値があります。
また、自分自身に問いかけることは、考え続けることでもあります。「自分は何をしたいのか、現在していることはそこに向かっているのか」──こうしたことを問い続けることは、あなた自身の成長につながります。自分の可能性や能力を最大限に引き出すために、自分への質問の有効な使い方を身につけることは、価値のあることです。
「モチベーションを維持するコミュニケーション」
No.628 平成17年11月
コーチングとは学習のプロセスであることについては以前も触れました。せるプロセスであることについては、以前も触れました。コーチングとは、必要な知識、スキルがなんであるかを棚卸し、それを、身につけさせるプロセスに他なりません。もっと簡単に言えば、コーチングとは学習のプロセスであるといえます。学び、身につけ、実践する。このプロセスがコーチングになります。そのためには、学習を持続させ、社員自身がその効果を実感し、自分でどの程度身についているかを確認できる環境をつくり出し、学習に対するモチベーションを維持させる必要があります。
近年、急速に広まった eラーニングですが、企業の27%がすでにeラーニングを活用しており、さらに46.3%の企業が、その価値を評価しています。効率性、有用性、柔軟性の点で、eラーニングは、集合研修、ビデオ、DVD等よりも評価されているのです。しかし実際には、学習する側の70%近くがeラーニングよりも集合研修を評価しています。ある調査によれば、eラーニング単体の場合、最後までeラーニングをやり終えるのは全体の70%以下であり、受講者の30%は、最後までeラーニングを使わないと言われています。
英語学習のために、英語のカセットテープを買ったことのある人は少なくないと思います。それは決して、テープに問題があったわけではないと思います。どんなにすばらしい環境、ツールが揃っていても、学習の持続には、モチベーションの維持が不可欠な要素です。そして、モチベーションの維持には、1対1のコミュニケーションが重要な役割を果たしますからです。実際に、eラーニングの受講者にコーチがつくと、最後まで学習する人の人数は飛躍的に伸びることがわかっています。おそらく、eラーニングにコーチがつくと、受講者は単に学習対象を学習するだけではなく、それを将来のビジョンと照らし合わせ、今、学習していることが自分にどのような成長をもたらすかについて、検討する時間を持つことができるのでしょう。学習効率を上げるためには、単に学習方法を工夫したり、優れた教材をそろえたりするだけではなく、学習者の学習意欲を上げる働きかけが必要です。
能力の高い社員が難易度の高い仕事に挑戦して失敗したときには、意欲に働きかけるのではなく、学習の機会を与えることだということについても以前書きました。上司には、部下に学習の機会を与えると同時に、部下の学習に対する意欲を維持させるため環境を整えることも求められるということです。部下と継続的にコミュニケーションをとり、ビジョンをはっきりさせ、何のための学習なのかを明確にする。そうすることが、部下の能力をさらに高め、発展させることにつながるのです。
「部下は話さない」
No.629 平成17年12月
「コーチングで一番大事なスキルは聞くスキルである」。それは事実です。そうは言っても、部下が話さければ、いくら聞く準備をしていても、部下の話を聞くことはできません。「聞く」ことにばかり意識がいっていると、「なぜ部下は話してこないんだ」とイライラすることになるでしょう。組織内のコミュニケーションは、部下にコミュニケーションする気を起こさせるところからスタートするのです。
部下をもったことのある人であれば誰でも思い当たると思いますが、部下とのコミュニケーションにおける一番の問題は、部下が黙ってしまうときに生じます。たとえば会議の席上や面談で、部下が黙ってしまうと、上司は自分の無力を感じざるを得ません。黙って聞いているからといって、彼らが上司の考えに同意している訳でないことは充分察知できます。
この問題は、どんな組織でも抱えています。言われたことはやるが、それ以上のことはやらない。みんなそこそこにいい社員ではあるが、行動力がなく、生産性も低い。組織のバイタリティーも低下する。たとえ上司が「思ったことはっきり言ってほしい」と言ったところで、部下が口を開くわけではありません。今、上司に求められるのは、部下を、自分からコミュニケーションしようとする気にさせるスキルです。それはすなわち、組織の活性化、組織の行動力に直結します。
では、どうしたら、部下は自分からコミュニケーションをしようという気になるのでしょうか? 彼らが自分から口を開き、提案や要望、質問を始める。そのためにはどんな環境を用意することができるのでしょうか?
それにはまず、彼らがなぜ自発的に発言しないのか、なぜ質問しても答えないのか、なぜ提案しないのか、ということについて知る必要があります。そのことについて、リサーチをしたことがあります。部下から返ってきた答えには次のようなものがありました。
「自分の意見に自信がない」
「意見を言える立場ではない」
「あまり役に立ちそうな考えがない」
「言いたいことを他の人が先に言ってしまったから」
「私の話以前に、上司は私に興味を持っていない」
部下の言い分が全部正しいわけではありませんが、彼らが黙っているときには、それなりの理由があります。頭では話すべきだとわかっていても、いざその場になると、言葉が出ないのです。発言に伴うリスクが想像以上に大きい。上司は、そのことを理解した上で、部下が話しやすい雰囲気をつくる、話しやすい質問を投げかける、ときには、時間をかけて待つことも求められているのです。
「組織が老化したときは」
No.630 平成18年1月
組織のリーダーは、組織全体のムードを創る責任を負っています。本人にその意識があろうとなかろうと、社員はリーダーの一挙手一投足に注意を向け、そのあり方に影響を受けています。組織全体が、リーダーの発する言葉や態度に影響されるのです。そして、リーダーが望むのは、組織全体の雰囲気がよくなることです。コーチングを依頼されるときのリクエストには、「会社のムードをよくしたい」「会社の雰囲気をよくしたい」というものが少なくありません。
ではいったい、彼らが望む「よいムード、雰囲気」とは、どのようなものなのでしょうか。そのことを彼らに問うと、「会社全体が一丸となっている。活気がある。行動的。高い志がある。体力がある。チャレンジ精神がある。頭が柔らい。変化を受け入れる」といった答えが返ってきます。こうした答えを総じてみると、「会社のムードがいい」とは、つまり会社に「若さ」があることだと気づきます。会社の「若さ」とは、単に創業からの年数ではありません。たとえ創業100年であっても、いまだ青年期という会社もあれば、創業10年にもかかわらず、すでに老年期を迎えている組織もあります。
最近、医療の世界ではアンチ・エイジング・メディスン(抗加齢医学)が注目されています。身体的年齢を検査し、実際の年齢と比較すると、身体が実年齢よりも若かったり、年をとっていたりすることがわかります。たとえ暦の上での年齢が同年齢であったとしても、身体の中身には年齢差があることがあるのです。アンチ・エイジング・メディスンとは、その身体的年齢を若返らせようとする医学です。これまで、加齢とともに老化が起こるのは仕方のないことと考えられてきましたが、必ずしもそうではありません。たとえ年齢を重ねたとしても、身体を若く健康に保つことは充分に可能なことなのです。
組織においても、それはまったく同じです。たとえ創業年数が長くても、行動力、体力があり、新陳代謝が活発で、発想の豊かな、頭の柔軟な状態を保つことは可能です。そして、その責任は、組織のリーダーにあるのです。
組織に老化の傾向が見られるのであれば、まずリーダーが見直すべきは、自分自身の行動です。人には、変化を迫られていることは理解しても、自分が変化することを避けたがる傾向があります。しかし、最初に変化を求められるのが、リーダーだということを知っておく必要があります。
あなたの組織の年齢はいくつですか?
「経営者にコーチ」
No.631 平成18年2月
日本では、コーチングというと「部下育成のスキル」というイメージが強くあるかもしれません。しかし、コーチングが必要なのは、部下だけではありません。もしかしたら、一番コーチを必要としているのは、経営者なのかもしれません。
スポーツの世界を考えてみればわかるように、選手はより高い成績を上げるためにコーチをつけます。ビジネスにおいても、それは同じです。コーチは、明確な目標をもつ人のために存在します。コーチングは、「目標が何かわからない」「何をすればいいかわからない」という人のためのものではありません。もちろん目標があれば、経営者でなくともコーチングは機能します。ただ、経営者には、会社を経営している限りにおいて、業績を上げ、会社を成長させるという明確な目標があるだけに、経営者は、コーチングの有用性をもっとも理解し、また実際にコーチングがもっとも機能する存在です。
コーチは、経営者にとってはブレーンストーミングの相手です。経営者にとって、ブレーンストーミングの相手がいる、ということがいかに意味があるかは、簡単に想像がつくと思います。経営が独善的にならないためにも、複数の視点をもたらしてくれる「コーチ」は役に立つ存在です。また、対等の立場でオープンに意見を言い合い、自分の頭を整理するためにも、コーチの存在は意味があります。たとえば、会社を経営していくうえにおいて、本来、将来に向けての明確なビジョンは欠かすことができません。もちろんビジョンがなくても、会社は動いていきます。ただ、そのままでは、多くの場合、いつか道を見失い、経営が行き詰るときがやってきます。実際に、成功している会社には、必ず明確なビジョンがあります。しかし ぼんやりとしたビジョンをもっていても、それを言葉に表せるほど明確にしている経営者は、実は少ないものです。ひとつには、日々の仕事に追われ、なかなかビジョンを明確にするために時間をとることができないからでしょう。だからこそ、コーチとビジョンについて話す機会、アウトプットする機会をもつことはとても意味があります。
コーチが有効であることは、経営者としての私自身、身をもって体験しています。コーチングに出会い、まず自分で体験しようとコーチをつけたのが1996年でした。それから10年間、私はコーチングを受け続けています。それは、コーチングが有効であることを実感しているからです。この間に実現したことの中には、もちろん、コーチがいなくても、実現しただろうと思うことはいくつもあります。ただ、コーチがいることで、実現までのスピードが速くなったことは確かです。
コーチは、何かを教えてくれる人でも、頼るべき相手でもありません。コーチをつけたら、それを使いこなすのは、あなた自身です。つまり、主体性がなければ、コーチを活かしきることはできません。だからこそ、コーチは経営者にとって意味のある存在になり得るのだと思います。
「コーチのためのチェックリスト」
No.632 平成18年3月
コーチとは、具体的にどのようなスキルをもっている人のことを指すのか。ここにコーチングスキルの簡単なチェックリストを紹介します。コーチとしてはもっとも基本的な聞くスキルと、それから話すスキルのリストです。あまりクローズアップされませんが、コーチには優れた話すスキルも必要です。的確なフィードバックをしたり、直接的にリクエストを伝えたりするには、優れたスキルが必要です。コーチにとっては、言葉選びも重要なことです。それでは、自分のことを振り返りながら、リストをチェックしてみてください。
◆ 聞くスキルについて
□ 何も言わずに相手の話を聞くことができる
□ 言葉の裏にあるものに耳を傾けることができる
□ 相手と気もちを共有することができる
□ 真実を聞き分けることができる
□ ボディーランゲージを理解できる
□ 沈黙の力を活用することができる
□ 問題の核心をつかむことができる
◆ 話すスキルについて
□ 直接的に話すことができる
□ 会話を楽しむことができる
□ 感情を表現できる
□ ほしいものを要求できる
□ 自信をもって話すことができる
□ 人から引き出すことができる
□ ノーと言うことができる
上記は、コーチとしての基本的スキルですが、コーチングスキルを職場で活かし、部下育成に役立てるためには、さらに踏み込んだスキルが求められます。以下は組織内の現役コーチのためのチェックリストです。
□ 部下に対してどのようなコミュニケーションをとっているか、客観的に観察することができる
□ 挨拶をするときは、相手の名前を呼んでいる
□ 部下のコミュニケーションのタイプを知っている
□ 部下のタイプに合わせたコミュニケーションをとっている
□ コーチングとティーチングの違いを理解し、場面に応じて使い分けることができる
□ 部下の考えを引き出すために効果的な質問をすることができる
□ 部下の目標に対して、いろいろな切り口から質問を投げかけることで、目標に対する部下の意識を深めることができる
□ 「質問する人」「答える人」と二極化させるのではなく、「一緒に考える」というスタンスをとることで、部下からより多くのことを引き出すことができる
□ 提案やアドバイスをするときは1回にひとつにしている
□ 部下に必要なだけ失敗する権利を与えている
□ 部下が行動を起こす前に会話をよくもち、部下が自分はサポートされていると思える状況を作り出している
□ 部下が抱える抵抗感に耳を傾けることができる
これらはコーチのためのチェックリストの一部ですが、リーダーとしての自分自身を振り返るときにも役立つと思います。