MAGAZINES & PAPERS

Keikyoレポート『ビジネスコーチング』

「経営者にもコーチ」

No.609 平成16年4月

スポーツの世界では、選手にコーチがつくのが当然ですが、近年、アメリカを始め日本でも、会社の経営者や起業家、医師、弁護士、営業マンなどが、パフォーマンスを上げるために雇う「コーチ」が注目されつつあります。

特に経営者にとっては、経営が独善的にならないためにも、複数の視点をもたらしてくれる「コーチ」を雇います。また、対等の立場でオープンに意見を言い合い、自分の頭を整理するためにも、コーチの存在は意味があります。今後は、自らがコーチを雇うと同時に、部下の能力を引き出していくためにも経営者自身がコーチング・スキルを学んでいくことが必要になってくると思います。リーダーが優秀なコーチであれば、部下がもっている素質や才能を見つけだし、その活用方法について話し合うと同時に、技術や知識を得るためにどんなことができるかについても話し合うことができます。

コーチングとは

コーチングとは、コミュニケーションを交わすことを通して、相手の目標達成に必要なスキルや知識を備えさせるプロセスです。コーチングには次の三つの原則があります。

1) インタラクティブ(双方向)であること
2) オン・ゴーイング(現在進行形)であること
3) テーラーメード(個別対応)であること

インタラクティブとは、コーチする側もコーチされる側も「話す」と「聞く」の両方の役割を担うということです。コミュニケーションは双方向であるものと一般には考えられていますが、実際に組織の中におけるコミュニケーションを見てみると、上司から部下への一方通行であることが少なくありません。上司が部下をコーチしようとするときには、部下の話に耳を傾けることが、その第一歩になります。

また、たとえ部下の話を聞いても、それが一度きりでは意味がありません。たとえば、目標管理についてコーチングをする場合は、そのテーマについて、現在進行形で定期的に部下と話す時間をとることが必要になります。そのことで、部下は目標に対して集中し、自分が生産的になれる状態についての情報量を増やしていくことができます。また、オン・ゴーイングで関わることには、テーマをリマインドするという効果もあります。

また、当然ではありますが、人はひとりひとり違います。したがって、ある部下にうまくいったアプローチでも、他の部下に同じように機能するとは限りません。部下のひとりひとりを観察し、それぞれのコミュニケーションのタイプや価値観、どんなことに興味をもっているかなどを見分け、それに応じた関わり方をすることが大切です。

こうした原則に基づいてコーチングをすることで、部下の能力や可能性を効果的に引き出すことが可能になるのです。

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「コーチングは発見されたもの」

No.610 平成16年5月

コーチングとは新たに創り出されたものではなく、「発見されたもの」です。部下の能力や才能を引き出している上司が、実際にどういう会話を交わしているのか観察してみると、部下の能力の芽を摘み取っている上司とはまるで違うコミュニケーションを交わしていることがわかります。部下とコミュニケーションを交わしているという点では、部下の才能を引き出している上司、摘み取っている上司も同じです。しかし、そのコミュニケーションの質と量が根本的に違うのでしょう。コミュニケーションの質と量をどのようにコントロールしていくのかが、コーチングの基本となるものです。

部下の育成に成功しているマネージャーの部下とのコミュニケーションを観察していると、気づくことがたくさんあります。ある販売代理店では、マネージャーが販売員に声をかけるときに「がんばってね」ではなく「がんばってるね」という言い方をしていました。「る」というたった一字の違いですが、言われた方の中で起こってくる感情はまるで違います。「がんばってね」と言われた販売員は「まだ自分は十分ではない」と思うかもしれません。そして、「がんばっているね」と言われた方は「自分は十分認められている」と思うでしょう。たった一字の違いによって、根本的な動機づけの部分で大きな違いが生まれてしまうのです。

また優秀なマネージャーは、組織の目標と社員個人の目標の共通部分を見つけ出す能力に富んでいます。たとえば、営業マンに売上目標を聞いたあと、一般的なマネージャーは「よし、がんばってね」で終わってしまうことがほとんどでしょう。しかし優れたマネージャーは、そこをスタート点にします。それを達成するために具体的にはどういうプランを持っているのか、それを達成したら自分にとってどんなベネフィットがあるのか、などを聞いていくことで、組織の目標と個人の目標の共通点を見つけていくのです。組織と個人の目標は一致しないものと思われがちでですが、実は共通の目的があるものです。優れたマネージャーは、共通部分を見つけ出すことで、部下のモチベーションに働きかけることに長けています。

このほかにも、部下の育成に成功しているマネージャーのコミュニケーションにみられる特徴はたくさんあります。これまで自分が出会った先生や上司の中で、自分の能力を引き出してくれた人たちを振り返ってみてください。彼らには共通したところがあることに気づくのではないでしょうか。それは、次のようなものです。

 ・自分のやりかたを押し付けない
 ・指示命令を最小限に
 ・話をよく聞く
 ・存在を認めている

このようにまわりの人の能力を引き出すことに優れた人のコミュニケーションを観察し、体系的にまとめたものがコーチング・スキルと言われるものです。

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「コーチングが機能するとき」

No.611 平成16年6月

・コーチングが機能する対象

最近、人材の育成スキルとしてコーチングが注目されていますが、コーチングは万能というわけではありません。これまでどおり、指示・命令が機能する場合もあるでしょうし、ティーチングが必要とされる場合もあります。コーチングが機能する状況と、機能しない状況があるのです。

では、どんなときにコーチングは機能するのでしょうか。コーチングの機能する状況、しない状況は、その人が置かれている状況におけるリスクと、その人が持っている能力において、判断することができます。人材と職務の関係として、大きく分けて次の4つのパターンが考えられます。

A 能力が高い人材、リスクが高い職務

具体的にはマネージャーや経営者などが当てはまる。コーチングをもっとも必要とし、もっとも機能する領域。

B 能力が高い人材、リスクが低い職務

基本的にコーチングもティーチングも必要ない、任せてよい領域。

C 能力が低い人材、リスクが高い職務

経験の浅い若手のスタッフに大きな仕事をさせるような場合が当てはまる。この場合は、自主性を尊重する、相手から引き出す、といったようなコーチングのスタンスを取るよりは、上司や経験者がティーチングする方が現実的である。

D 能力が低い人材、リスクが低い職務

新入社員に対するOJTなどがあてはまる。本人の自発的な行動を促進し、自ら考え、自ら行動できる人材に育成するために、コーチングが機能する。

たとえ同じ人が対象であっても、その職務のリスクが高いか低いかによって、コーチングが適しているか、ティーチングが適しているかが変わってきます。Dの領域にいる人材に対してティーチング続けていると、指示待ち人間を育ててしまうことになりかねません。また、任せてよい領域なのに、積極的にティーチングをしたり、コーチングをしようとすると、業務を遂行するスピードは遅くなるでしょうし、他のパフォーマンスにも影響を与えかねません。リーダーとなる人には、状況を的確に見分け、それぞれにふさわしい対応をすることが求められるのです。

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「コーチングスキル 〜聞く〜」

No.612 平成16年7月

以前も書いたように、コーチングは誰かによって新しく作られたものではなく、すでにうまくいっている人のコミュニケーションを観察し、体系化したものです。そのようにして体系化されたものが、コーチングスキルと呼ばれるコミュニケーションスキルです。100以上あるコーチングスキルの中でも、とくに大切なスキルが次の4つです。

・ 聞く
・ 質問をつくる
・ アクノレッジメント(承認する)
・ 要望する

コーチングのベースとなるのが「聞く」スキルです。相手の話を聞くことが大切だということは広く認識されていますが、実際には「聞く」という行為について本当に理解している人は稀です。

ある調査では、管理職の78%は「聞く」ことがマネジメントするうえで大切なことだと理解していながら、実際に「聞く」トレーニングを受けたことがある管理職は、全体の2%に過ぎないという結果が出ています。

聞く能力にはレベルがあります。単にテレビの音や駅のアナウンスを聞くレベルから、人の話を聞くレベルでは、頭の中のセットアップがまるで違います。関心をもって人の話を能動的に聞くとなると、単に音を受け取るだけでは足りません。多くの上司は、自分は聞いていると思っていますが、部下はそうは思っていない場合が多々あります。確かに耳を傾けてはいるのですが、内側では聞く用意ができていないのです。では、なぜマネジメントするうえで、部下の話を聞くことが大切なのでしょうか。

人は、新しく行動を起こそうとするとき、できるだけ具体的なイメージをもつことで、より行動が起こしやすくなります。そして、具体的なイメージをもつためには、コミュニケーションの量が必要です。たくさんコミュニケーションを交わし、その中で情報量を増やしていけばいくほど、イメージがよりはっきりと描けるようになるのです。情報を増やすためには、外側の「情報を取り入れる」だけでなく、自分自身の内側の情報をアウトプットすることも大切です。私たちは、内側の情報を一度外に出すことで、初めて自分の中にある情報を認識することができるからです。

つまり、部下の話を聞くことは、部下が行動を起こしていくために上司にできる大きなサポートなのです。部下の話を聞くということは、部下にたくさんアウトプットできる機会を与えることです。そのために一番大切なのは、まず時間をとること。そして、相手の話を聞いてみようとする意思をもつことです。聞く意思を育てるためには練習がいります。ましてや聞く能力を高めるためにはなおさら練習が必要です。

次の4つはよい聞き手の条件です。ぜひ試してみてください。

・ 話をさえぎらず、最後まで聞く
・ 先走って結論を出さない
・ 言語以外のメッセージを聞き分ける
・ 辛抱強くなる

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「コーチングスキル 〜聞く2〜」

No.613 平成16年8月

前回、相手の話を聞くためにまず大切なのは「聞く意思をもつこと」と書きました。聞くためには、まず「聞いてみよう」という意思をもつこと。そしてそれを育てていくことが必要です。

人は、1分間におよそ100〜175語を話します。一方、人が1分間に聞くことができる単語数は600〜800語と言われています。つまり、私たちは話を聞くために、頭をフル回転させる必要がないのです。そのため、最初は相手の話に集中していても、頭に余裕があるために、次第に集中力を失い、すぐにほかのことに気をとられてしまいがちです。これを改善していくことが、意識的に聞くトレーニングにつながります。部下が話している間、別のことを考えたり、次に自分が何を言うかを考えたりしないよう、意識的にコントロールするようにします。部下の話に集中するための頭をセットアップすることが、聞くことのトレーニングになります。

たとえば、言葉だけを受け取るのではなく、顔の表情、声のトーン、目の動き、姿勢や手の動きなど、言葉以外のメッセージを受け取る練習。自分が聞いているということを話し手に伝える方法。うまく受け取れない内容については、繰り返してもらう、など。また、もっと積極的に聞くために、効果的な質問を創り出す。聞く能力を上げるためには、多少忍耐も必要ですが、積極的に話し手に働きかけることで、より聞ける状態を自分に創り出すことができるようになります。

また、話を聞くということは、相手の話している内容に、同意したり、賛成や反対したりすることとは違います。ましてや、忠告や助言をする、代わりに問題を解決する、相手の要望に応えるといったことでもありません。相手の話を聞くということは、相手の話やそのときの感情を「承認」することにあります。たとえ相手の話に同意できなくても、聞くことはできます。 相手が伝えたいと思っていることを、思っている通りに、感じていることを感じている通りに「理解」しようとすることが「聞く」態度であると言えます。

聞く、理解する、承認する。そのことには、もちろん話の内容を理解するという意味もありますが、それ以上に、話をしているその人の存在を承認し、理解し、聞く、という意味があります。私たちは、 聞くという態度を通して、その人を仲間として認め、その人の存在を承認していることを伝えることができるのです。話を聞かなければ、部下を不安がらせることになります。反対に部下の話に耳を傾ければ、部下は安心感を持つことができます。安心感はすべての行動の源です。不安でいるときは、視野が狭まり、行動は抑制されますが、安心感は、関心や興味を解放し、自発的な行動につながって行きます。安心感というクッションがあるからこそ、人は行動を起こす勇気がもてるのだと思います。上司の仕事は、部下に仕事をさせることではなく、部下が自発的に仕事をする気にさせることです。話の途中で口を挟まず、結論を先取りせず、最後まで話を聞こうとすることは、効果的な動機づけになると思います。

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「コーチの質問」

No.614 平成16年9月

聞く能力と並んで、コーチには、効果的な質問をつくる能力が求められます。コーチングでは、質問によってコミュニケーションが創られていきます。

一般的に質問というと、自分がわからないことや、知らないことを聞くときにするものと考えられていますが、コーチはそういった目的で質問をするのではありません。コーチングにおける質問は、相手自身が必要としている情報を、相手の中から引き出すための質問です。そのためにも、コーチは、相手に考えさせる、気づきを促すといった目的をもって質問します。

上司が考え、部下はそれに従うという構造のなかでは、自分で考え、自分から行動を起こし、自分で評価することのできる、「自律性の高い」また「対応力の高い」人材の育成はできません。普段から質問を通して、部下に考える機会を与える。その視点をもって質問をします。また、未来を予測させる、アイディアを出させる、問題をはっきりさせる、目標までの過程を想定させる、視点を変える、モデルを探す、などの目的をもって質問することもあります。何より重要なのは、「何のために質問をするのか」、その目的を明確にもっていることです。それだけでも、質問のもつ力は変わってきます。

また、その質問が発せられる状況やタイミング、またその言い方によって、質問は効果的にもなれば、非効果的にもなります。つまり、適切な質問を、適切なタイミングで、適切な意図をもってつくり出せるかどうかが大切なのです。優れたコーチには、その質問が「適切かどうか」を判断できる能力が求められます。質問をするときには、「この質問はどのような影響を与えるか?」「今はいいタイミングだろうか?」「答えるのにどのくらいの時間が必要だろうか?」「答えは誘導していないか?」 これらに留意しながら質問のタイミングを計るといいでしょう。

これまで、会話を始めたり続けたりするために、話題の提供、うまい話し方などに注意が向けられてきましたが、効果的に「質問」をつくりだすことができれば、会話を始めたり、その内容を変えたり、終わらせたりすることができます。効果的な質問は、無限の話題を生み出すからです。

あなた自身を振り返ってみてください。部下に質問をしていますか? それともしていませんか? しているとしたら、どんなときに質問をしていることが多いですか? コーチングは、自分のとっているコミュニケーションを客観的に認識するところから始まります。

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「人はそれぞれ違う」

No.615 平成16年10月

コーチングの原則のひとつに「テーラーメード(個別対応)」があります(第1回参照)。あたりまえでありながら、ともすると忘れられがちですが、人はそれぞれ違います。もちろん、見かけのことではありません。考え方も違えば、判断のプロセスも違う。価値観も、ものごとの捉え方も、理解する際のプロセスも違います。たとえば部下が10人いれば、10通りのパターンがあるわけです。それを忘れて、すべての部下に同じように接していれば、うまくいかない場合があるのは当然です。ひとりの部下にうまくいった指示の出し方も、すべての部下に通用するとは限らないのです。部下をほめるときでも、同じほめ方で全員が喜ぶわけではありません。ある人は、一言ほめられるだけで喜ぶでしょうし、ある人は、どこが賞賛に値するかを細かく話すことで、ほめられたことを受け入れます。「ほめているんだから素直に受け取ればいい」。確かにそうなのですが、人はそれぞれ情報の受け取り方も違います。

コミュニケーションがうまくいかなくなると、人は、「性格が合わないから」「考え方が違うから」という理由で片付けてしまうことがあります。しかし、それでは、有能な部下の能力や可能性を引き出すことができなくなってしまいます。部下の能力を引き出し、チームとしてのパフォーマンスを上げたいと思うのであれば、部下のタイプによって、コミュニケーションのパターンを変える必要があります。そのためにはまず部下がどんなパターンをもっているのかを観察し、しっかりと把握します。相手を観察するときには、事前に質問を用意し、自分に向けて質問すると、広い角度で観ることができるようになります。

・この人はどんなことに価値をおいているだろうか
・判断するときの基準をどこにおいているだろうか
・論理的な思考をする方だろうか、それとも感覚的だろうか
・思ったことを口にする方か、それとも抑える方か
・どんな強みをもっているだろうか
・人間関係を築くのは得意だろうか
・人の話は聞く方だろうか
・今の体調はどうだろうか

観察してみると、ふだん自分が相手にレッテルを貼り、「こういう人だ」と思い込んでいることに気づきます。そして、自分の貼ったレッテル(記憶)から情報を引き出し、対応しているのです。「今、ここ」での情報をもとに、コミュニケーションを発展させるためには、聞くことや観ることを通して、「観察する」ことです。それによって、相手の受け取りやすい言葉や表現方法を選ぶことができるようになります。最初に部下を観察し、どんな言葉や表現を受け入れ、また受け入れないのか、個別の反応を見分ける必要があります。それによって、仕事の指示の出し方、提案の求め方、それぞれ違ってくるものです。人はそれぞれ違うということは、忘れられがちな真実です。しかし、コミュニケーションと観察は切り離せない関係にあるのです。

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「アクノレッジメント」

No.616 平成16年11月

「ほめて育てる」という言葉をよく耳にします。子どもの育て方はもちろん、部下育成の手法として語られることもあります。コーチングスキルのひとつである「アクノレッジメント」は、「ほめる」ことと混同されることがありますが、「アクノレッジメント」は「ほめる」こととイコールではありません。

アクノレッジメント(acknowledgement)を辞書で引くと、「承認、認めること」、「(受け取ったという)言明」、「(親切に対する)感謝」「あいさつ」「礼状」といった意味が載っています。さらに語源を調べると、「そこにいることに気づいていることを示す」という意味があります。「アクノレッジメント」とは、相手の到達点をそのまま口にすることによって、相手に達成感を持たせる行為です。

ほめることや賞賛には、他人についてのあなたの評価が加わっています。「挨拶の声が大きくなって、前よりいいよ」、「君ってすごいね。勉強家だね」といった賞賛は、その人についてのあなたの評価であり、意見であるため、相手は素直に受け取りにくく感じる場合があります。一方、アクノレッジメントは、「最後までやり通したね」、「君はいつも一番に電話をとるね」というように、事実を認め、それをそのまま伝えることです。アクノレッジメントの定義とは、「相手の存在を認め、さらに相手に現れている違いや変化、成長や成果にいち早く気づき、それを言語化して、相手に伝えること」といえます。

人は、自分がやったことを通して、自分自身が成長し、変化していることを知ることに喜びを覚えます。そして、そのこと自体に達成感をもちます。この自己成長感は、人のやる気や自発性を強く促すエネルギー源となるのです。

もちろん、ほめることや賞賛も、相手のモチベーションを上げるための有効な方法のひとつです。ただ、評価的なニュアンスが強くなると、「いい・悪い」「評価する人・される人」という構図ができてしまうことがあるので注意が必要です。

アクノレッジメントは、部下の成長を促す重要なスキルです。しかし、ふだんから、部下をよく観察していないと、部下の変化や成長に気づくことはできません。とってつけたようなアクノレッジメントでは意味がありません。何にも気づかず、また何も感じないのであれば、何も言わないほうがずっといいのです。大切なのは、観察することです。観察することで、部下がもっている、本人すら気づいていない能力が行動に現れた瞬間を見つけ、それを伝えます。 それはどんな小さなことでもいいでしょう。とにかく見つけて伝える。そのことが大切です。

くれぐれも自分の気に入った行動をとらせるためにアクレリッジメントを使わないことです。

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「リクエスト(要求)する」

No.617 平成16年12月

コーチングというと、人材育成のソフトなアプローチととられることがあります。そのためか、部下を叱ったり、強くリクエストしたりすることはコーチングではないと考えられることがありますが、部下に毅然とリクエストする能力は優れたコーチに欠かすことができません。

リクエストは、指示命令とは異なります。リクエストの目的は、協力の要請をすることと、プロジェクトの進行に対する障害を取り除くことにあります。前者は「〜してほしい」という言葉で表され、後者は「〜してほしくない」という言葉で表されます。たくさんの協力が得られれば得られるほどより大きなプロジェクトを完成に導くことができます。上司として、組織においては、みんな仕事をすべきだという立場にいれば、部下は持っている力の半分も提供してくれません。しかし、上司が部下に対して、しっかりと要望が伝えられるようになると、扱えるプロジェクトの大きさや質がまったく違うものになります。

また、部下にリクエストすることは、部下の育成という観点からも大きな意味を持っています。人はリクエストを受けて初めて、自分の範疇以外のことをするという体験をもち、いまだかつて経験したこのないような行動をとることができます。よいコーチは、どんどんリクエストを創り出して、部下を育てていくことができます。

また、プロジェクトの進行に対する障害を取り除くという点からリクエストをみると、どうでしょう。部下が「こういうことをやりましょう」と言ってきたときに、それはやらないとはっきり伝えられる。あるいは会議の席上、誰かが議題から外れた話をしたときに、「そのことは今話さないでほしい」と伝えることができる。そのように「〜してほしくない」とちゃんとリクエストできることは、プロジェクトを効率よく遂行していく上で、欠かせないスキルです。

このように、リクエストすることは、その人自身、リクエストされる対象、そして組織全体に、大きな利益をもたらす可能性を含んだ行為なのです。しかし実際には、私たちはリクエストすることに抵抗を感じるのです。なぜでしょうか。

それはリクエストすることが相手を怒らせるかもしれないというリスクを含んでいるからです。リクエストは、予測できない相手の感情を引き起こす可能性があります。そのため、人は、自分の要求をはっきりと言葉にすることに抵抗を感じ、次のような態度をとる傾向があります。

・正論を言う
・間接話法を使う「○○さんがこう言っていた」
・代弁してもらう
・交換条件を用意する

上司によく見られる態度としては、部下の反応を押さえ込むために、立場を利用して指示命令をしてしまう、ということです。しかし、それでは逆効果です。部下は、表面上同意しても、内側で抵抗を感じ、却ってプロジェクトの進行に対する障害になりかねません。リクエストするときには、まずその目的を明確に認識し、指示命令にならないように気をつけることが大切です。

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「効果的なゴールセッティング」

No.618 平成17年1月

組織には、さまざまなゴールがあります。会社であれば、すべてのゴールは、利益を上げ、存続することにつながっています。

上司がそのことを最優先にするがために、一方的にノルマを課し、過度なプレッシャーをかければ、部下は受け身になり、結果的に部下のモチベーションを下げてしまうことにもなりかねません。つまり、上司が部下のゴール管理に失敗すれば、本来の目的である「利益を上げる」というゴールとは正反対の結果になってしまうのです。

ゴールを設定すると、モチベーションを上げる手段として、達成したら「ボーナスが出る」「給料が上がる」といったお金の力を利用することがあります。また、うまくいかなくなると「がんばれ」と励ましたり、「やることはやっているのか?」と問い詰めたり、「一度決めたことなんだからやりとおせ」と叱咤激励するなど、なんとか外側からの力で動かそうとします。確かに、お金でも、励ましの言葉でも、人を動かすことはできるでしょう。しかし、ゴールを達成するためには、こうした外側からの力だけではなく、その人自身の内側からの原動力が必要ですゴールに対して、それを自分のものとしてとらえ「〜したい」と思えば、ゴールに向かうエネルギーは高くなります。

ゴールを、自分が選んだものとはとらえられず「〜しなければならない」と思えば、エネルギーは下がります。「自分が選んでいる」という意識が、自発的な行動の原動力になるのです。たとえ会社から割り当てられたノルマであっても、それを達成する過程や、達成したときの体験、そしてそのゴールを達成することで自分自身が何を手にすることができるかををはっきりさせることができれば、それは自分が選んだゴールになります。部下が自分で動けるようなゴールを設定することは、上司の責任です。

有効なゴールセッティングには、次の3つが必要です。

1 ゴールを外部基準で表す

「何を、どれだけ、いつまでに」といったように、外的基準で測ることのできるゴールを設定します。外的基準があれば、ゴールを達成したときに、はっきりとした達成感をもつことができるからです。

2 達成したときの体験を明確に描く

達成したときのイメージが明確なほど、ゴールに向けてのコミットメントは高まります。

3 ゴールを達成する過程で自分が学ぶことを認識する

実際にゴールを達成するために行動を起こしたときに、どんな障害があるかを明確にし、それを乗り越えることが自分にとってどんなプラスになるかを知っておくことです。

部下が行き詰まったときには、部下とともにゴールを振り返り、上の3つを確認するための時間をとることが必要です。声をかけるだけではなく、部下のために時間をつかう。それが上司の仕事です。

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「フィードバックする」

No.619 平成17年2月

部下がどんなに熱心に一生懸命にやっていても、それがまったく見当違いの行為だったり、組織に損失を与えるような行為だったりすることがあります。上司は、そのことをはっきりと部下に伝える役割を担っています。コーチングでは、クライアントに、その人の行動がどのように見えるか、その人が自分にどんな印象を与えているかをありのままに伝えることを、「フィードバック」といいます。

たとえば、朝、目が覚めて職場や学校へ出かけるまでに、誰でも一度は、鏡に自分を映して見ます。そうでないと不安だからです。自分の顔に何かついていないか、自分の服装はどうか。鏡はあなたの外見を映し出します。それによってあなたは自分の外見への「気づき」を得ます。あなたは、鏡に映っている自分の姿から具体的で正確な情報を得て、外見を整える選択の幅を広げるわけです。

フィードバックは、鏡と同じ役割を果たします。フィードバックがあれば、部下は自分のとっている行動に気づき、必要であれば自分でそれを修正することができるようになります。また、鏡と同様、フィードバックは、事実を事実として相手に伝えるもので、客観的な評価や忠告ではありません。注意や批判、忠告は部下の行動を変えるのに役立つかもしれませんが、部下は必ずしも自分の行動に気づいて行動を変えるわけではありません。そこに気づきがない場合、結果的に、部下はまた同じような行動をとる可能性が高いでしょう。

フィードバックを行ううえで、留意することは以下の通りです。

1 相手をコントロールするために行わない
  フィードバックは、相手を自分の思いどおりに操作するために行うものではありません。
2 相手を攻撃するために行わないこと
3 具体的、記述的であること
4 必要性が感じられること
5 相手の人格や性格ではなく、行動について事実を述べること
6 自分の責任で行うこと
  くれぐれも「他の人が言っていた」「みんなそう思ってい る」など、責任の
  はっきりしない立場から行わないこと。必ず「私は〜〜」の一人称で行う。
7 適切なタイミングであること
8 伝わっているかどうかの確認をすること

また、部下とのコミュニケーションの中にフィードバックを取り入れていくには、まず、上司から部下にフィードバックを求めていく姿勢が必要です。相手にフィードバックを求めるときには、相手がフィードバックしやすいような環境をつくります。たとえば、部下に次のような的を絞った質問をすれば、部下はあなたにフィードバックしやすくなるでしょう。

「私と仕事をしていてやりにくいと思うことはありますか?」
「それはどんなときですか?」

「私は普段どんな表情をする(している)ことが多いですか?」
「ほかには、どんな表情をしますか?」

相手があなたに対してフィードバックしてくる間は決して口をはさまないことです。たとえ、その内容が耳に痛いものであっても、それはチームをより機能的にし、生産性を高めるものであるということを忘れずに、最後まで耳を傾けることが大切です。

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「コーチングカルチャーを築く」

No.620 平成17年3月

組織の中で、ひとりの上司がコーチングスキルを身につけることは、確かに意味のあるのことです。しかし、それだけで、組織の活性化につなげることは難しいでしょう。組織を活性化したいと思うのであれば、組織の中のあらゆる関係においてコーチングを根付かせるための努力が必要です。

私たち一人ひとり、誰しも自分の内側に持ち合わせる、外からは見えない知識、スキル、経験があります。それは、表に出てこないかぎり、使えるものではありません。それを資源と考えるのであれば、組織において、社員ひとりひとりからそれらを最大限に引き出すことのできる文化(カルチャー)があれば、より生産性の高い組織を築くことが可能になります。コーチングカルチャーとは、まさにそうした企業文化を指します。

チームワークのいいチームにおいては、ごく普通に、お互いがコーチしあっています。営業における成功事例や、失敗の事例、それをお互いに教え合ったり、新しい商品のプレゼンテーションをお互いにコーチしたりする。ときに、パソコンやインターネットの使い方がわからないときには、仕事が終わってからパソコンを前に、コーチングが行われています。もし、これらの教育やコンサルティングを外部に依頼した場合どのくらいのコストが生じるかについて考えてみてください。コーチングカルチャーのある組織では、社員ひとりひとりがお互いの成長のために、自分のリソースを惜しみなく提供しています。それも一方通行ではなく、双方向で行われています。

しかし、お互いがお互いに教え合うという関係は、その背景に安全が保障されていなければ実現しません。もし、競争の激しいチームであれば、何かを教えてもらおうとするということは、自分の方が知識がない、経験も薄い、能力も低いということを露呈することを意味します。パソコンの使えない上司が、それまで叱咤していた部下にパソコンの使い方を教えてもらうのはなかなか難しいものです。競争相手の前で、プレゼンテーションのロールプレイはできないでしょう。お互いが教え合う、コーチし合うその背景には、信頼、協調の醸成があります。その醸成はまた、お互いに教え合い、コーチし合うことによってもたらされるのです。

マネージャークラスの人たちにコーチングスキルを学んでもらうその背景には、単に新しい管理システムを覚えてもらうということではなく、マネージャーと部下、チーム間で、いかにいい関係を、いかに築くかという提案があります。

現在、少しずつ組織の中で、コーチングカルチャーが根付きつつあります。それは、特別なコーチがコーチングをするのではなく、お互いがお互いを信頼し、お互いにコーチできるようなカルチャーが起こり始めていること意味します。そのさきがけとして、経営者やマネージャーがコーチングを受け、コーチングを身につけることは、きっと役立つでしょう。

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