MAGAZINES & PAPERS

週刊ダイヤモンド『伊藤守のエグゼクティブコーチング』

『伊藤守のエグゼクティブ・コーチング』は、2004年9月から12月まで、週刊ダイヤモンドに連載されました。なお、ここに掲載した記事の一部については、ダイヤモンド社に了承をを得て、実際に誌面に掲載された記事に加筆しています。ご了承ください。
なお、ここに掲載されているすべての記事について、無断で転載することを禁じます。

「もしもエグゼクティブにコーチがいたら」

2004/09/11

すべての一流のスポーツ選手にはコーチがついています。30年前、40年前は選手の才能によって記録やゲームの勝敗は決定されてきました。しかし、この10年、20年は選手の才能だけではゲームに勝てなくなってきました。スポーツの世界も情報化が進み、トレーニングの方法、メンタルトレーニング、ダイエットなど、勝つための技術と戦略が世界中に行き渡り、知られるようになりました。選手の力は均衡してきています。水泳もスキーも陸上競技も、1秒の中に何人もの選手が入ってきます。その差はほんのわずかであり、今やその僅差を制するために、コーチと二人三脚での戦略的なトレーニングは欠かせません。

僅差は、スポーツの世界だけではなく、ビジネスの世界も同じです。老舗が安泰な時代は終わりました。業界の一番手と二番手の差は、以前ほど大きくありません。いつ、一番と二番が逆転しても不思議ではないのです。また、一番だけが生き残ればいい業界もあります。企業のおかれている状況は、スポーツの世界と何ら変わりません。その中で、実際に企業運営をしているエグゼクティブはまさにアスリートに違いありません。しかし、もし彼らがいつまでも、過去のやり方や考え方にこだわっていたのでは、激しく変化する状況に対応できません。今やエグゼクティブ自身が継続して学び続けることが、未来に備え、先頭に立ち続ける方法なのです。

それに挑戦するエグゼクティブを助けるのが、エグゼクティブコーチです。コーチはエグゼクティブの問題を解決することはできません。しかし、成功を継続させる手助けをすることはできます。また、コーチは、取り除かなくてはいけない部分を取り除く手助けもできます。また、多くのエグゼクティブは自分の行動や言動、その影響についてのフィードバックを必要としています。コーチは、エグゼクティブに正直にフィードバックできる確かな一人です。

さて、スポーツ選手がコーチを必要とする理由には、単に勝つための技術を学ぶためだけではありません。未来に向けたビジョンを創りだすことにあります。技術がいくらあっても、ビジョンをもっていなければ、目標に到達できません。選手とコーチの間では、常にビジョンについて対話が求められます。なぜなら、
明確なビジョンは、未来に向けて選手を引きつける力の源となるからです。ビジョンがハッキリしていればしているほど、選手はそのビジョンに牽引されます。

それは企業のエグゼクティブにも当てはまります。彼らのビジョンはエグゼクティブ自身と組織全体に影響しています。しかし、ビジョンをつくるのは容易ではありません。部下にビジョンの重要性は説いたとしても、自分のビジョンメーキングのための時間を取っているエグゼクティブはそう多くいません。また、一度ビジョンを創っても、ビジョンはその性格上記憶しておくことができません。したがって、何度もビジョンを話題にし、ビジョンを再構築しなければならないのです。ビジョンを創りだすのは、たった一人の孤独な思索ではありません。それは双方向のコミュニケーション、良質なブレインストーミングを通して、具体化していくものです。エグゼクティブコーチはビジョンメーキングになくてはならないパートナーなのです。

「部下が未来に対してどのようなビジョンを持っているか知っていますか?」
「部下がビジョンを創るときに、どんなサポートができますか?」

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「経営者の資格とは経営者のコンピタンシーを満たすこと」

2004/09/18

コーチングを受け始めた当時、私は、出版社、インターネット・コンサルティング企業研修など複数の会社を経営しており、多忙を極めていました。ですから、コーチングセッション中にも、知らない間に何度も「いそがしい」「休めない」「時間がない」と、口に出していたようです。すると、数回目のセッションでコーチは私にこう聞きました。

「君はとてもいそがしいようだけど、それはいつまで続く予定ですか?」

「いつまでとは考えたことはないけど、いつまでも続いちゃまずいよね」

「来年の今頃はどうなっていると思う?」

こういう質問を受けると、自分がその場しのぎで生きているのが見透かされているようで、不愉快です。そこで少し強い口調で言いました。

「3年後はもっとゆとりをもって仕事をしていたいよ」

すると彼は続けて聞いてきました。

「なるほど、そのためにはどんな条件をそろえる必要がある?」

普段も漠然とは考えています。しかし、時間をとって、それについて考えたことはありませんでした。時間を取って考えなければと思っているだけで、実際には考えていなかったわけです。

「たぶん、管理職の選任と育成だと思う。彼らに仕事を任せ、仕事と責任を移譲することだと思う」

「なるほど、そのためには何人ぐらいの管理職が必要だと思っているんだね」

「多分、マネージャークラスで10人、上級の管理職で5人以上必要だと思う」

「それで、どんな人が管理職に望ましいと君は思っているんだね」

恥ずかしいことに、当時、私は管理職の基準をもっていませんでした。それだけではなく、採用の基準さえも曖昧でした。結局その日から4ヶ月間は、コーチングの時間もそれ以外の時間もずっと、人事について考え続けることになりました。コーチングとは、そこで話している30分のことだとばかり思っていましたが、コーチからの質問や宿題は、セッションとセッションの間もずっと私に考えさせることになったのです。

それまで私は、どういう人が社長になるのかさえも知りませんでした。親が社長だから、または、本人がなりたいと思ったから、この程度の認識だったのです。しかし、数ヶ月の間、本を読んだり、勉強会に出る過程で、経営者としてのコンピタンシーがあるということを知りました。

たとえば、アメリカにはプロの経営者がいるということ。創業者であることや、その仕事に精通していることと、経営は別のものだということ。経営者としてのコンピタンシーを満たすことが、経営者としての資格なのだと知りました。たとえ前の日まで清涼飲料水の会社の経営者だった人でも、経営者としてのコンピタンシーをもっていれば、次の日からコンピューターメーカーの社長業を務めることが可能だということです。経営者としてのコンピタンシーは、業種とは直接関係ありません。エグゼクティブの責任とは、企業の方向づけ、資源の最適な分配(人、金、物、情報、ノウハウなど)、そして、人を動かすことなどにあります。この3つのことをタイミングよく、スピーディーに、そして効果的に実行することがエグゼクティブに求められていることです。

コーチングの目的のひとつは、人をその役割や仕事にマッチさせることにあります。役割や仕事をやり遂げるために必要なコンピタンシーのリストをつくり、それと、より早くマッチするために、コミュニケーションを交わし、具体化していきます。もちろん、誰でも同じようなプロセスで役割にマッチするわけではありません。エグゼクティブの個性や強み、タイプを棚卸し、もっともその人に合った方法を、選択していきます。その中でも大事なポイントは、そのエグゼクティブの「ビジョン」にあるのです。

「3年後、会社はどうなっていると思いますか?」
「エグゼクティブのコンピタンシーをいくつリストにできますか」

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「答えを手に入れるためのプロセスを手に入れる」

2004/09/25

いい人材が欲しいのは、どの会社の経営者も同じです。では、「いい人材」とはどういう人材か? そう聞かれると具体的に言葉にできないものです。その場では「頭が良くて、性格がいい。そして身体が丈夫」ぐらいは言います。しかし、同時に自分の中の基準の曖昧さに行き当たり、大抵の経営者はこう言います。「私のような人間が、あと数人いたらいいんだけど」。この言葉の意味するものは、「私のような人間はめったにいません」ということです。実に、私も同じことをコーチングの最中にいいました。するとコーチはすかさず聞いてきました。

「君のような人とはどんな人?」

自分では「めったにお目にかかれない、稀有な人」という意味で言ったつもりなのですが、彼は意にも介さず「どんなコンピタンシーをもっている人?」と聞いてくるのです。そこからコンピタンシーの棚卸しが始まりました。

コーチングは、自分の中で曖昧になっているものをハッキリさせるプロセスでもあります。曖昧なことは、いずれにしても実現させることができません。頭の中にハッキリした地図や図面がない限り、そこに行き着くことも、それを具現化することもできないのです。

私の求めている人材、そしてそのコンピタンシーの棚卸しにかかった時間は3週間。その間、私の頭の中にあった基準を全部表に出し、それを一つ一つ評価しました。1回に30〜40分のセッションが終わると、メールで宿題が送られてきてレポートを書きます。また、何冊も書籍を推薦され、まるで学生にでも戻ったような気分です。しかし、この過程で物事は以前よりもずっとハッキリしてきました。物事がハッキリしてくればしてくるほど、行動は起こしやすくなります。マネージャーや上級の管理職にふさわしい人は、社内で見つけるのか、それとも外に見つけるのか? もし、新たに採用するのであれば、どのような基準を用意するか? 矢継ぎ早に、コーチは質問をしてきます。そこで私も聞きました。

「マネージャーにはどんな人がふさわしいんだろうね?」
「君はマネージャーは何をする人だと思っている?」

マネージャーとは何かという定義が必要だと、そのとき初めて思いました。そこで、彼にまた聞きました。

「マネージャーの定義について教えてくれないか?」

すると彼から逆に質問されました。

「君の周りにそこのことについて詳しい人はいませんか? または、マネージメントについていくつか本がありますから、それを推薦しましょうか?」

コーチは基本的に答えを与えません。実際に、そのことについて、知らないのかもしれません。いずれにしても、コーチは相手に考えさせます。答えそのものではなく、答えを手に入れるプロセスを手に入れさせない限り、物語を創り、それを実現する力をもてないと考えるからです。それは相手がエグゼクティブであっても例外ではありません。

「あなたの人を評価する基準はなんですか?」
「あなたは、人にどう評価されていると思いますか? また、どう評価されたいと思いますか」

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「自分の判断基準と向き合い、次のリーダーを決める」

2004/10/02

組織づくりに着手して、数ヶ月が経った頃にコーチは私に尋ねました。

「ところで、君の後継者は誰ですか?」

「後継者、考えていないわけじゃないですが、今すぐ答えは出てきませんね」

当時、私はまだ40代半ばで、事業もこれからというところでしたから、実のところ、後継者についてなど何も考えていませんでしたし、考えたくもありませんでした。すると、彼は私に言いました。

「次のリーダーを誰にするかを決めるのに遅すぎることはないと思うけど、どうでしょう」

「それはそうだと思うけど」

「では、来週までに宿題をやってください。今回は遺書を書いてください」

「遺書?」

「そう、遺書です」

レポートを書く宿題は毎週のように出されていたので、それには慣れていましたが、遺書を書くというのはあまりにも意外でした。もちろんそれまで遺書を書いたことなどありませんから、いったい何について書いていいかわからず、彼に聞きました。

「どんな風に書けばいいんですか?」

「もちろん、君の思ったように書いてください」

一週間あれこれ迷いましたが、結局、家族へ向けたものと、会社の人たちに向けたものを書くことにしました。会社の人たちに向けては、会社を存続させるために、数ヶ月の単位では何をしたらいいか、数年の単位では何をすべきかについて書きました。それを書いているうちに、いろいろ思い当たることがありました。

おそらく向こう1年ぐらいであれば、社員に会社の方向を示すことはできます。しかし、それ以上になると、起こるであろう不測事態を予測することは難しくなります。しかし、変化する状況に、会社は生き物のように適応していかなければなりません。したがって、会社を存続させるために、次の時代を担うリーダーを発掘することが、現在のリーダーにとっての最優先事項であることに思い当たります。現在の私の年齢や自分の都合とは関係なく、次のリーダーを発掘し指名することこそ、現在のリーダーの使命なのだろうと考えました。

結局「明日、自分が死んでしまう」という立場に立ってみると、今いる部下の中で誰が次のリーダーとして一番ふさわしいかを無意識に決めていたことに気がつきます。次のリーダーだけではなく、マネージャーの候補、取締役の候補も同じように人選することができました。もちろん選出の基準はあります。しかし、現在のリーダーとして、誰が次のリーダーにふさわしいと考えているか、どういう人を自分は選んでいるかを明らかにできたことは成果でした。

次の週のコーチングセッションでは、私の人選をテーマに話しました。

「どのような基準で次のリーダーを選んでいるのか」
「マネージャーはどうか?」

これまでは「正解」にこだわりすぎて、人選に躊躇するところがあったのだと思います。つまり、誰でも納得する、後世に渡って正しい選択だと思われるような答え探しにこだわっていたわけです。しかし、そのことも含めて、「私」はどう考えているかという自分の考えと直面する機会をもつことで、より冷静に、客観的に人選のできるスタンスをもつことに成功したように思います。

この数週間のコーチングを通して、自分の頭の中はこれまでになく整理されました。いうまでもなく、エグゼクティブにとって大事なことは、今自分は何を考えているのか、何を基準に意思決定をしようとしているかについて、確かな認識をもつことだと思います。それは、たった一人の孤独な思索によってもたらされるわけでありません。双方向のコミュニケーションを交わし、自分の内側にあった情報を外に出し、それを自覚する過程が必要なのだと思います。

「リーダーの条件とは何だと思いますか? もしひとつだけ上げるとしたら?」
「あなたはフィードバックを受けていますか?」

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「コーチとの対話を通じてビジョンを創り出す」

2004/10/09

コーチングでもっとも直接的な効果を感じるのは、コーチとの間で繰り広げるブレインストーミングです。コーチは、タイムリーな質問をしてきます。コーチングセッションの中では、その質問に触発されて、自分の考えていることを、アウトプットし、検証する機会をふんだんにもつことができます。コーチの質問に対して制限を加えずに答えてゆく過程で、自分は何を考えていたのかについて初めて気づくことがよくあります。とくに未来に向けてビジョンを創りだす過程では、自分でも思いがけないアイディアが創出されることもあります。こうして、自分の考えを言葉にする過程は創造的です。

普段は立場上、言葉には注意を払っています。部下が不安になるようなことは言うべきではないし、つじつまの合わないことも言うべきではないと思っています。故に、制限された中での思考、制限された中でのコミュニケーションになります。しかし、コーチとの会話であれば、とくに何を言っても問題にはなりません。コーチも自由に話すことを求めます。また、コーチも自由に話します。この会話の自由度によって、視点を変え、発想を変えていくことができるようになるのです。実際に、会話の中ではすべてが可能なわけですから。さらに自由な連想のために、コーチは私にその場で考えさせるだけではなく、毎週、たくさんの質問を送ってきます。その宿題に答える間も、頭の中は自分の未来に向けてフォーカスされていきます。

経営者が未来に向けてビジョンを持つことの必要性は、どの経営者も認識しています。しかし、多くの経営者はビジョンをもたずに会社経営をしているのが現実です。ゼロではありませんが、ビジョンに基づいての経営というよりは、いま目の前で起こっていることへの対応に追われているのが実情でしょう。もちろん、多くの経営者は一度か二度は、ビジョンを構築した経験をもっています。しかし、ビジョンの性質とは、記憶できないという点にあります。

以前、ゴルフのコーチに、ボールを打つ前は、毎回「イメージ」を創ってから打つように何度も注意されました。そこで、どうして毎回イメージを創る必要があるのかを聞きました。すると彼はこう答えました。

「ひとつは、イメージは記憶できないものだから。そして、イメージを鮮明にもつことで、他からの刺激に反応せずに、集中できる。また、人間は言葉の指示に従うのではなく、イメージに従う。だから練習は単にボールを打つだけではなく、身体の動きとイメージをリンクさせる練習をしなければ意味がない」

先日のアテネオリンピックの水泳、平泳ぎで優勝した北島選手のコーチの談話に、北島選手とは、試合直前まで、試合のイメージトレーニングをしていたというものがありました。オリンピックは特殊なケースかもしれません。しかし、エグゼクティブもある意味ではアスリートであり、常にビジョンを創出する必要があります。ビジョンは、個人と組織を牽引する力であり、ビジョンを示し、ビジョンを実現するために組織運営をするのは、エグゼクティブの仕事に他なりません。しかし、ビジョンメーキングは、たった一人で目を閉じたからといってそこに浮かんでくるようなものではありません。やはり、コーチとの対話、コーチからの質問によってさまざまな可能性を思い描く過程で、絵は鮮明になってくるのものです。また、頻繁にビジョンメーキングをしていないと、ビジョンは現実に適応しなくなる、または、不透明になってしまいます。

私は、私のクライアントとも定期的に未来へ向けてのビジョンをテーマに話します。たとえ、この時点でビジョンが鮮明で具体的ではないとしても、「仕事に対する自律性は格段に進歩する」と、クライアントは話してくれます。

「5年後の、仕事、家庭、人間関係、自分のあり方、健康、自分自身との関係、これらはどうなっていますか?」
「ビジョンをもつために、あなたは何をしていますか?」

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「わくわくするビジョンをキャンパスに描く」

2004/10/16

現在の私のコーチは、元はロウイング(ボート)のコーチでした。カナダで、大学のチームや、オリンピックの強化選手をコーチし、その後、主に銀行や証券会社のエグゼクティブをコーチしています。彼はことあるごとにこう言います。「キャンバスの上にビジョンを描くことだよ。それもわくわくするようなビジョンを」。そして、「ビジョンを描いたら、そのまた先のビジョンも描くことだ」と言います。また、eメールによる宿題も、私のビジョンを引き出すために、頻繁に送られてきます。まず最初は、5年後のビジョンを描くための質問が送られてきました。

 ・自分の人生で何を実現させたいと思っているのか
 ・自分にとって大切なものはなにか
 ・自分のありかたとは、どのようなものか
 ・現在やっていることに対する関心、興味のレベルはどのくらいか
   他人との関わり
   時間の過ごし方
   健康
   自分の人生の方向性
   自分自身との関係
   友人関係、コミュニティとの関わり
 ・お金儲けについてはどう思っているか
 ・自分の才能についてはどう思っているか
 ・キャリアをどうしたいと思っているか

これらの質問は、ビジョンを描くためにとても役に立ちました。もちろん最初は曖昧な答えしか出てきません。コーチからは、「マクロなレベルでかまわないので、とにかく5年後のビジョンを描いてください。最終的にはどんな結果を手に入れたいか、ということでいいです」と言われました。慣れていませんから、最初は本当に漠然としています。しかし、こうした質問に答えたり、レポートを書いたりする過程で、ビジョンは少しずつ鮮明に、また具体的になってきます。それは、毎回ビジョンを描くときに、前回に描いたビジョンをすぐに思い出すことができること、そのビジョンの上に、新しいビジョンを描くことができるようになること、キャンバスを広げたり、ビジョンの一部をより具体的に、そして立体的に描けるようになることを通して、実感することができます。ビジョンは少しずつ自分のものになっていきます。ビジョンという言葉も、ずっと身近に感じられます。

ところで、ビジョンというと、キャンバス上に描かれる絵を想定します。しかし、ビジョンを創る過程では、5年後、自分はどんな状態でいるか、どんな気もちで人と接しているか、自分自身とはどう接しているかなど、内側の体験もビジュアライズされます。5年後のビジョンを描いているそのキャンバスの上に、気もちものせて行くわけです。

さて、私自身の5年後のビジョンづくりは、着々と進みました。しかし、コーチングの中では、会社のビジョンについてはあまり扱われません。そこで、彼に言いました。「会社のビジョンについてもコーチしてほしい」。すると、彼から「経営者やエグゼクティブは、個人のもつビジョンを会社に反映させている。会社のビジョンと個人のビジョンとの差は実はあまりないのだ。だから、個人のビジョンをはっきりさせることは、会社のビジョンにつながるのです」という言葉が返ってきました。「ビジョンをつくるときには、have to(しなければならない)ことではなく、want to(したいこと、欲しい状態)に向けてつくってください」と。「それはなぜですか?」と聞くと、「ビジョンを描いているときに、わくわくするような感じを体験することが大切なんです。そうすればビジョンは生き生きとしてきます」。確かに、want to に基づいたビジョンは、それを思い描くたびに、毎度わくわくするような感じを体験します。彼はよく私に言います。「君の金メダルを取ろうよ」。この言葉にもわくわくします。

「5年後のビジョンを思い浮かべたときの、キャンパスに描かれている絵の色は何色ですか?」
「あなたは何で一番になろうと思っていますか?」

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「言葉の否定的な意味やイメージは行動を鈍らせる」

2004/10/23

現在私は、経営者数名のコーチをしています。その中の一人に、会計事務所の所長をしている方がいます。「事務所をもっと発展させたい、もっと利益の上がる事務所にする」というテーマでコーチングを始めました。通常、初回は面談でプレ・コーチングをします。その目的は、第一にコーチングを理解してもらうこと。また、クライアントの方が、どのような価値観をもっているか、どのようなコミュニケーションのスタイルをもっているか、そしてコーチングで扱う目標を、はっきりさせるためです。ときには、クライアントの方に、360度フィードバックを受けていただくこともあります。もちろん、ビジョンも扱います。ビジョンを明らかにすると同時に、現状の棚卸をし、現在とビジョンの間に目標を設定するのです。ビジョンによって引き寄せる力、現状を棚卸しして、押し出す力。この2つの力を使って、目標を達成させます。

さて、会計士の彼は、今よりも利益を上げるというテーマでコーチングをスタートしたわけですが、3ヶ月経っても、一向に変化が見られません。確かにやることはやっています。しかし、変化は起こらない。そこで、最初に戻って、目標が適切であるかどうかを確認するために、いくつか質問をしました。

「あなたの目標は、利益を上げる、事務所を発展させる。これでしたよね」

「そうです、変わっていません」

「利益を上げる。それは、つまり『儲ける』ということですよね。」

すると、彼は少し黙って、それから言いました。

「『儲ける』ですか?」

「そうです。儲けようと思っているわけですよね?」

すると彼は、「利益を上げる」はいいが「儲ける」という言葉には抵抗があると言い出しました。「どっちでも同じでしょう」と言うと、「いや、儲ける」は言いたくない、使いたくないと言い張ります。

「それは、会計士という仕事から来るものですか」

「それもありますが、個人的にも抵抗のある言葉だと今思いました」

彼は「儲けよう」と思ってコーチを依頼したにも拘らず、「儲けることはあまりよくないことだ」と思っていたのです。儲けることをよしとせず、儲けようとするのですから、成果は上がるはずもありません。

それがはっきりしたところから、「儲ける」という言葉に対して彼のもっている意味やイメージを聞き出し、一つひとつを検証するために、コーチングの時間を遣いました。彼は、「儲ける」ということばから、「ずるい」、「したたか」、「やり手」、こうした言葉をイメージしていて、それは自分の価値観と合わないと言います。そこで、儲けることは、本当に、ずるくて、したたかな人のすることなのかを検証しました。また、儲けることについて、他の人たちはどのようなイメージをもっているかについてもリサーチしてもらいました。このプロセスに、2ヶ月以上を費やしたと思います。いまでも彼は、「儲け」の意味やイメージを全面的にシフトしたわけではありません。しかし、不合理な意味を消去し、儲けについていくつか他の意味を吸収しました。その結果、具体的に行動に変化が見られるようになりました。あるとき彼はこう言いました。

「客先で、顧問料の値上げは言いにくいものです。でも、自分の仕事の量と質から、上げてもらうべきだとと思い、値上げしてくださいと言いました」

「それでどうでしたか」

「顧問料は上がりました。それだけではないんです。その会社に対する僕のコミットメントも 上がりました。その会社にとってもきっとよかったと思います」

言葉と意味。特にその意味が不確かであったり、否定的なイメージを持っていると、行動は鈍くなります。コーチングでは、その言葉にどんな意味やイメージをもっているかを話題にします。

「あなたは儲けることに、どんなイメージをもっていますか?」
「現状を棚卸しするために、どんな方法を取っていますか?」

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「コーチングで現状を棚卸し、会社の全体像をつかむ」

2004/10/30

「利益を上げる」。一人の女性の起業家からのコーチングの依頼は、とてもシンプルなものでした。会社を興して5年目で、順調に伸びて来て、ここからもうワンランク上を目指したいということでした。コーチングは、現状の棚卸しから始めました。特に会社のインフラの整備については、リストを作り、一つひとつチェックしました。

急成長を遂げている会社のパターンとして、売り上げや利益に対して、会社のインフラ(就業規則に始まって、評価システム、ミッションステートメント、採用基準、社員教育、各種マニュアルなど)、つまり会社の枠組み作りや整備の遅れが生じることがよくあります。特に起業してすぐの場合、商品開発に始まって、マーケティング、営業、社員教育など、すべての仕事は経営者に集中します。同時に、現場で起こるさまざまな不測事態にも、経営者自身が毎度対応しなければなりません。そのため、経営のある部分は、手薄になる傾向があります。たとえば、営業に力を注いでいる間は、採用や社員教育に手が回らない。新規商品の開発に没頭している間は、評価基準や採用基準の制作は止まったままになる、といったように。

会社を大きくするためには、売り上げ、利益だけではなく、社内のインフラ作りが必要であることを、経営者は痛感しています。しかし、手が足りないために、インフラ作りは後手に回り、やがて会社の成長期におけるボトルネックになります。

その経営者とのコーチングでは、インフラの整備についてのリストの作成に1ヶ月。優先順位を決めるのに、3週間かけました。最初のうち、彼女は、やらなければならないことのあまりの多さに閉口していました。彼女は、どちらかと言えば外に向かうタイプの経営者で、営業を得意としていたので、社内に目を向けたときに、あちこちに散在する案件に気が重くなったのでした。

「それでも、今これをやらないと、結局、会社が大きくなって、ますますいそがしくるだけですよね」

「たぶんそうですね」

「でも、会社のインフラ作りをしている間に、売り上げが落ちると思うんです」

「そうですね」

「どっちもやる必要があるということですね」

「やれますか?」

「一人ではもちろん無理です。誰かに手伝ってもらわないと」

「社内に誰かいますか? または、外に誰か手伝ってくれる人はいますか?」

「社内にはいません、そういう人材が必用になるのはもっとずっと後だと思っていましたから」

「そうですか」

「もっと計画的に採用しないとだめなんですね。それから、会社のビジョンが偏っていました。売り上げさえ上がれば、全部うまくいくと信じていたんです。でも、本当に利益を上げるためにはそれだけでは足りないんですね」

会社を経営しているのですから、当然、会社とは何かを知っているはずなのです。しかし、たとえ経営者であっても、会社を断片的にしかとらえていない傾向があります。会社はどのようにして動いているのか、また、どのようにしたら動かし続けることができるのか、会社の全容を見ることの視点に立って会社を観ることができないと、経営は難しくなります。

会社のインフラを棚卸しするプロセスを通して、会社の現状と全体像を観ることができます。それによって、経営者は、会社全体をどう運営するかについての戦略をもつようになるのです。

「今自分の会社の状態の良し悪しを、どのようにして測っていますか?」
「会社全体、全容は、どうしたら観ることができますか? どの場所から、どの角度で、具体的にどうしたら観ることができますか?」

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「コーチは聞くだけではなく、毅然とフィードバックする」

2004/11/06

一代で会社を興し、成功した部品メーカーのオーナー社長から、事業拡大を目的にコーチングを依頼されました。彼は、新商品の開発から、マネジメント、教育などを全部をひとりでこなす、自他ともに認めるワンマン社長で、彼は口癖のように私に言います。

「誰か私のアイデアを、行動に移して、実現してくれる人がいれば、会社はどんどん大きくなるんだけど、なかなか私の考えていることを理解しないし、気を利かせて行動しない。どうしてなんでしょうね?」

「それは、どの経営者も同じように思っていると思います。」

そう言うと

「なるほど、私だけではないんですね」

「私もそうです」

さて、ちょうどコーチングを始めて4ヵ月後、決算の終わった直後のコーチングセッションで、彼は開口一番、言いました。

「いやー、今回の決算で、前年度比140%伸びましたよ」

と誇らしげに言いました。そこで、私はそれについて、質問をしました。

「その数字は狙ってそうなったのですか、それとも、そうなってしまったのですか?」

「え? がんばった結果ですよ」

「そうだと思います。ただ、今期の初めに、その売り上げを具体的に予定したのですか?」

すると、彼は言いました。

「いや、正直言って、今回の結果は、予想外なんです。でも、伸びたんだからいいんですよね。」

「もちろんです。でも、もし、狙ってそうなったのであれば、もっといいと思います」

「なるほど、そういう考え方はあまりしたことがありませんでした」

経営から偶然を減らすことは、経営者に自信をもたらします。確かに経営には、景気の変動など、不確実な要素がついてまわります。しかし、経営者は偶然を当てにしたり、偶然をいいわけにするようになると、経営そのものに自信を失うようになります。経営がギャンブルであれば、コーチは必要ありません。オリンピックで運のいい人だけが勝つのであれば、コーチは必要ないのです。一見、偶然に見えるような中で、売り上げを上げること、ゲームに勝つことを必然にしていくために、何ができるかを検証してゆくプロセスが、コーチングです。

全米で、常にトップ10に入っているビタミンメーカーのオフィスを、数年前に訪問したときのことです。その会社の副社長が、社内を案内しながら私に聞きました。

「何かこのオフィスにきて気がつくことはないか?」

「そうだね、とっても静かなオフィスだと思う」

「どうして、静かなんだと思う?」

「どうしてだろう?」

彼は得意そうに、私を見ていいました。

「電話が鳴らないんだよ」

「どういうこと?」

「外から電話がかかってこないんだ」

そう言われてみると、確かに電話の音がしません。彼曰く、外から電話がかかってこないのは、客先から電話が来る前に、こちらから電話をして案件を片付けているからだそうです。確かに、かかってくる電話に対応し続けていると、会社全体が受け身の体質になってしまいます。

私はコーチングのセッションで、この話をすることがよくあります。それは、経営者が受身になっているとき、事業を偶然に委ねようとするときです。コーチは、経営者やエグゼクティブの話を聞きます。しかし、それだけではなく、的確なフィードバックをすることも必要です。彼らが独善的になったり、経営を偶然に任せようとする様子がみえるとき、毅然とフィードバックします。

「会社の経営に対する不測事態で、予測できるものはなんですか?」
「最近どのようなフィードバックを受けましたか?」

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「いい人間関係を創る方法をあなたは知っていますか?」

2004/11/13

人間関係におけるフラストレーションを抱えているエグゼクティブは少なくありません。クライアントの一人で、コンサルティング会社のパートナーである彼は、1年前に心筋梗塞でバイパスの手術をしました。コーチングを始めて、数回目のセッションで、彼は自分から、心筋梗塞に至った過程について話してくれました。

「私の心筋梗塞には理由があるんです」

「理由ですか?」

「ええ、私にはわかっているんです」

「どんな原因があるんですか」

「実は私には、ライバルというか、実は嫌いな奴がいましてね、彼とずっと競争してきたんです。彼にはどうしても負けるわけにはいかなかった」

「出世競争のようなものですか」

「それを通り越していた。まるで天敵だね。会議で発言していると、批判的なことを言うし、いつも懐疑的な目で私を見るし、彼がいるだけでいつもストレスが上がっていた」

「話し合ったことはありますか」

「あるよ。もっと悪くなった」

「それが身体にきましたか?」

「毎日気に障るし、彼が側にいなくても、気にするようになりますからね」

「それはどのくらい続きましたか?」

「10年以上、もうたくさんという感じだね」

「今回、身体を壊して、何か変化はありますか?」

「自分の中では、もう、気にしなくてもいいような気がします。それにこれ以上続けると、本当に命にかかわるから」

「そうですか」

「それに、彼はもはや競争相手ではなくなったから」

「どういうことですか?」

彼はにっこり笑って言いました。

「実はね、あいつも同じ発作で半年前に倒れたんですよ」

「え?」

「心筋梗塞で倒れて、バイパスの手術をしたんです。彼の方がちょっと重いみたいです」

「はあ」

「いやー、あいつもつらかったのかな」

これは、特別なケースではありません。いい人間関係を築くことは、たとえエグゼクティブであっても簡単ではありません。実際、いい人間関係の重要性を説かれてはいても、いい人間関係を創る方法については、学校でも、習っていません。もちろん、社員研修でも習いません。また、不仲な関係が他の社員に及ぼす影響についても、習っていません。実は、本当の被害者は、不仲な二人の間に入った他の社員に他なりません。不仲な二人の間に入った社員は、その二人の関係に、いつも、びくびくしなければならなりません。また、彼らの不機嫌さにも付き合わなければなりません。不仲な二人は、部下にエモーショナルワーク(気を使わせること)を強いていることに気がついていないものです。相手をどうするかだけを考え続けているからです。

私は彼に聞きました。

「いい人間関係を創る方法について知っていますか?」
「関係が壊れたときにはどうしたらいいか知っていますか?」
「周りにどんな影響を与えていると思いますか?」
「自分の身体に対する影響は?」

これらの質問に対して、もっとも印象的だった彼の答えは、

「仕事さえできれば、人間関係は後からついてくると思った」

というものです。

いい人間関係を築くことの重要性は、誰でも理解してます。しかし、実際にいい人間関係を築く能力をもった、エグゼクティブは決して多くありません。また、エグゼクティブには、いい人間関係を築く能力が求められています。それも問題が起こる前に。

「いい人間関係を築くために大切なことは何だと思いますか?」
「職場でうまくいかない人がいるとき、あなたはどうしますか?」

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「優位感覚によって異なるビジョンの構築方法」

2004/11/20

エグゼクティブの一番の仕事は、部下にビジョンを示すことにあります。未来へ向けてビジョンの再構築を重ねながら、向かうべき方向を部下に示す能力が求められます。ゆえに、エグゼクティブのコーチングでは常に、ビジョンの構築がテーマになります。

ところが、エグゼクティブにも未来に向けてビジョンを構築するのが得意な人と、あまり得意でない人がいます。ビジョンの構築とは未来像を描くことですが、人によっては、頭の中で絵を描くことを不得意とするエグゼクティブもいるのです。その理由としては、人それぞれのもつ優位感覚が影響しているからと考えられます。

人には感覚があります。そして人はそれぞれ、特に優位な感覚があるものです。聴覚の優れた人、視覚の優れた人。それは単に、よく聞こえる、よく見える、という優位性ではなく、耳のルートを通すことでより情報を理解しやすい、ということです。

ここに紹介するのは、優位間隔に基づいた四つの学習のスタイル「聴覚系」「言語感覚系」「触覚系」「視覚系」です。それぞれ、どの感覚をもっとも活用して情報を取り入れているかということを表しています。

それぞれのスタイルに優劣はありません。自分がどのような学習スタイルを好むかを理解することで、私たちは学習を通してより多くのものを得ることができます。

それだけでなく、相手の優位感覚に向けてコミュニケートすることで、より早く相手の理解を促すことも可能になります。

・聴覚系 --- 聴覚系の人は、「聞く」ことを通して物事や情報を吸収したり、理解する。騒音があると集中できないので、勉強するときには静かな環境を整える必要がある。

・言語感覚系 --- 言語感覚系の人は、「思考」を通して物事や情報を吸収したり、理解する。誰かと話し合うことでより理解を深めることができる。

・触覚系 --- 触覚系の人は、「体感」を通して物事や情報を吸収したり、理解する。実験やロールプレイなど、体験して学習するのが効果的である。

・視覚系 --- 視覚系の人は、「見る」ことを通して物事や情報を吸収したり、理解する。ビジュアライズしながら学習すると効果的である。

同じ話を聞いていても、視覚系と言われる人たちは言葉を聞き、それを処理する過程で心に画像を思い描いて、おそらくは過去のビジョンと比較しながら物事を判断します。言語感覚系の人は、耳から入った言葉を頭の中で数式のように並べながら、物事を判断します。言語感覚系の人に「今どんなビジョンを思い描いていますか?」と聞いても答えにくいのです。彼らは心に画像を描くことを得意としないからです。また、触覚系の人たちは話の内容そのものよりも、自分の体の感じがいいか悪いかで判断します。

エグゼクティブの特徴を知らないまま、「ビジョンとは未来像を絵として描かせること」と思い込んでいると、いつまでたってもビジョンを構築することはできません。

仮に言語感覚系のエグゼクティブであれば、絵よりは物語を書いてもらいます。未来の自分についての物語を書いてもらうのです。優位感覚に合った方法で未来に向かってビジョンを描くことで、ビジョン構築は具体的で実現可能なものになっていきます。

「あなたの優位感覚はなんですか?」
「あなたの部下の優位感覚はなんですか?」

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「エグゼクティブの原動力は好きなことに向かう情熱」

2004/11/27

エグゼクティブ・コーチングでは、数多くのアセスメントを使います。現状を明らかにするために、また、目標を設定するために、アセスメントは有効です。アセスメントは、エグゼクティブの能力を評価するためのものではありません。エグゼクティブとして、リーダーとして、どのような能力や才能を必要とされているかについて、実際には完全なスタンダードがあるわけではありません。ですから、アセスメントは気づきと手がかりをつかむために用います。たとえば、エグゼクティブに対しては、以下のようなアセスメントを使います。

・過去におけるリーダーとしての経験
・ビジョンを創造し掴む能力
・意見に対する建設的な精神
・地位にしがみつかない
・実践的なアイディア
・進んで責任を持つ
・物事を完了させることのできる能力
・精神的タフさ 
・仲間からの敬意
・家族からの敬意
・話を聞かせる能力
・高い自己認識
・自分からフィードバックを受ける積極性
・部下に成功するための環境を提供できる
・リーダーとして学び続けている
・知識と勇気
・理解と粘り強さ
・人間的な質(情熱、ユーモア、共感、成熟、忍耐、英知、常識、信頼、創造性、感性)

そして、これらの項目を全て貫いているのは、情熱です。情熱は、努力によってもたらされるものではありません。情熱が努力を引き出すのです。情熱は「〜しなければならないこと(have to)」によってもたらされるものではなく、「〜したいこと(want to)」によってもたらされます。

コーチングのセッションで、「今話していることは、やりたいことなのか、それとも、やらなければならないことなのか?」とよく聞きます。言うまでもなく、やりたいと思っていることをやることが、仕事を創り出し、また、最後までやり遂げる原動力につながるからです。

本田宗一郎氏は、講演で「私はよく『苦労したでしょう』と聞かれることがあります。しかし、私は苦労したという覚えはありません。確かに徹夜になってしまうこともよくありました。でも、私は、オートバイを創っている間、楽しくて、楽しくて、無我夢中で、気がついたら朝になっていただけです。それを、苦労だとは思えません」とお話しになっていました。堀場製作所の堀場会長は、「仕事はおもしろおかしくやる。嫌ならやめて、次のことをやればいい」と著書にも書かれているし、講演でもお話されています。

エグゼクティブの原動力とは、やりたいことをやることに尽きます。自分のやりたいこをいち早く見つけることです。やっていて、楽しいこと。夢中になれること。コーチングセッションでは、クライアントが話していて、楽しさが私に伝わってくるもの、また、聞いている私がワクワクするような話のときには、どこまでも話してもらいます。

「もっと話してください。聞いていてとても楽しいです。それから、それが実現したら、その先には何があるかについても話してください。そして、その先についても話してください」

好きなこと、やりたいことをやる分には、努力も苦労もいりません。モチベーションを上げる必要もありません。内側の情熱を原動力に、周りの人たちを巻き込み、目的達成に向けて、一直線にサイの角のように前に進むことができます。

組織とはやりたいことを我慢するところだと信じている人もいます。確かに我慢の必要な部分もあります。しかし、それ以上にやりたいこと、やっていて夢中になれることを、見逃している場合も少なくありません。コーチは、やりたいこと、それを見つけるために、さまざまな角度から質問をします。

「今我慢しながらやっていることはなんですか?」
「あなたは、これまで、そして、今でも、誰に憧れていますか?」

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「ソーシャルキャピタル指数の高さが組織に与えるもの」

2004/12/04

これまで、企業における資本とは、ヒト、カネ、モノ、そして、情報を意味しました。しかし、もう一つの資本であるソーシャルキャピタル(人と人のつながり)は、誰しもが薄々気づきながらも見逃されてきました。組織やチーム内における関係、信頼や協力に支えられた関係は、それそのものが資本であるという認識をもった経営者やエグゼクティブは、決して多くありません。しかし、組織内に、信頼関係や協力関係が築かれているということは、お互いがもっている知識や経験、そして個々にもっているネットワークを、お互いに教え合う、与え合う関係をもたらします。たとえば、パソコンの使い方のわからない上司が部下に教えてもらう。難しい顧客対応について、苦手な人が得意な人からアイディアをもらうなど。

もし社内で教え合う関係がなければ、外部にそれを依頼しなければなりません。当然それにはコストがかかります。実は、ソーシャルキャピタル指数の高い組織は、社員が自社内でお互いにコーチしあう関係にあります。それによって、教育費のセーブにつながるでしょう。また、お互いのネットワークが持ち込まれることによって、マーケティングや営業の効率は格段にあがるでしょう。そのためには、お互いが信頼し、協力し合う風土が求められます。人は信用していない相手に、自分の持っている知識やネットワークを与えることはありませんから。つまり、そこに築かれる信用や協力関係は、それそのものが資本として、金銭的な見返りを組織にもたらしているのです。

さて、これまでに私自身、いくつかの会社を起業しました。起業した当初は、お金も商品も知識も不足していました。それでも、それをしのぐお互いの強い絆がありました。損得を超えた関係がエネルギー源になり、いくつもの不可能を可能にします。やがて少しずつ会社が立ち上がり、会社らしくなった頃に、決まって業績が停滞しました。原因はいくつか考えられますが、一番の原因は最初の頃にあったお互いの信頼や協力関係が薄れたこと、それがエネルギー源であることに気がついていなかったことにあるのだと思います。2年経っても3年経っても、最初の頃の関係がなんの努力もなく続くものだと勝手に思い込んでいたのです。事業を発展させると同時に、社内により強固な信頼関係、協力関係を築かなければならなかったのです。

しかし、プライドやエゴの処理ができず、またソフトスキル(自己認識、他社への共感、自己規律、動機付け、フィードバックを受る)が低く、単にビジネスそのものがうまく行けば、全てがうまく行くと信じ込んでいるわけですから、ソーシャルキャピタルの指数は限りなく下がってしまったのだと思います。ご存知のように、一度関係が思わしくなくなると、それを修正するのには、新しく会社を興すよりも多くの労力がかかります。結局、会社そのものが存続したとしても、大きく発展するチャンスを失うことになります。ソーシャルキャピタルは、短期間で創り上げることのできるものでもありません。日々、社内で、チーム内で、積み重ねていくものです。まさに「関係」は「資本」であるという認識を、最初から共有している必要があるのだと思います。資本が枯渇すれば、会社の運営はままなりません。エグゼクティブは今、ソーシャルキャピタルの指数について、常に注意を向けている必要があるのだと思います。

「あなたの会社のソーシャルキャピタルは、10点満点でいくつですか?」
「ソーシャルキャピタルの指数を上げるために、何ができますか?」

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「ソーシャルキャピタル指数は離職率や業績にも影響する」

2004/12/11

エグゼクティブコーチングでは、組織のソーシャルキャピタル指数をテーマにします。実際の指数を測るのには技術がいりますが、「社内の雰囲気はどうですか?」「あなたは社内のコミュニケーションに満足していますか?」などの質問をすることで、組織のソーシャルキャピタルの指数を予測することができます。もちろん、企業の業績とソーシャルキャピタルの指数がきれいにリンクするわけではありません。組織内のコミュニケーションが薄かったり、雰囲気があまりよくなくても、業績が上がっている企業は少なくありません。しかし、ソーシャルキャピタルの指数が低ければ、お互いにもっているネットワークや知識、技術、情報を提供しなければならず、それは、そうしたものを全部外で調達しなければならないことを意味します。そして、それにはコストがかかります。

また、ソーシャルキャピタル指数は、当然社員の定着率にも影響します。ソーシャルキャピタル指数が低ければ、離職率が高くなるのです。採用、教育には、コストがかかります。会社の雰囲気はあなどれません。ですから、エグゼクティブは、会社の空気を読む能力を求められます。雰囲気が悪くなってから、対応しているのでは遅いのです。その前に、空気を読んで対応しなければなりません。伸びている会社には独特の雰囲気があります。それは、その会社の社員間のコミュニケーションに見ることができます。

ところで、会社が急成長するときにネックになるのは、人の採用と教育です。

急速に事業を拡大しているときは、当然即戦力を求めます。即戦力を求めるあまり、ときに、会社のビジョンや風土について十分な了解をとらないまま、採用してしまう傾向が見られます。採用される側は最初から自分のスペックで仕事をしようと思います。ですから会社側も、入社後、できるだけ細かいことには目をつぶるようにします。新しい職場の文化に自然に慣れるのを待とうと思います。しかし、数ヶ月、数年の間に少しづつ歪みが生じます。彼らは仕事請負人として入社してくるのであって、会社のビジョンやミッションを理解したり、共有しているわけではありません。そこに微妙な温度差が生じます。表立った批判というわけではありませんが、仕事のやり方会社のルールなどに対して、懐疑的な発言をするようになります。また、仕事の関係以上の人間関係をわずらわしいものとしてとらえる傾向のある場合もあります。実は、これまでいた社員にとっては当たり前のことでも、新しく入ってきた社員にとっては、違和感を覚えるものが少なくありません。とくに会社のビジョンやミッションを共有するには、ずいぶん労力が必要です。ただでさえも新しい職場で、職場の雰囲気に慣れるために神経を使っているときですから、ミッションや新しい文化を簡単に受け入れたり、共有するのは難しいのでしょう。やがて、会社が彼らに、ビジョンやミッション、会社に対する忠誠心を求めるようになったとき、表面的には同意していながらも、本当には同意が得られないという現象が起こることがあります。そして、社内に不協和音が生じます。不協和音は社員を疑心暗鬼に陥れ、お互いの協力関係を危ういものにします。やがては、それが業績に影響します。

これは、会社が成長するときのボトルネックの代表的な例です。したがって、たとえその社員が優秀で業績を上げたとしても、会社の基本理念をないがしろにしたり、理解しようとする努力をしたりしなければ、会社の一員として不適格であることを直接伝える必要があります。

「あなたの会社の雰囲気はどうですか?」
「あなたは、社内のコミュニケーションに満足していますか?」

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「自分自身との対話を通してエグゼクティブは成長する」

2004/12/18

最近、大学の教授になった友人が2人います。一人は教授職に就くことで、ここから先、自分の行動の可能性が広がったと考えています。教授というステータスをフルに利用して、自分のやりたかったことを達成するの時間を、短縮しようと思っています。また、大学の改革や後進の育成にも情熱を燃やしています。もう一方は、教授になることを目的としていたらしく、そのことにはとても満足しています。これまでの研究を続け、講義もする。しかし、それ以上に何か新しいことを試みる傾向は見られません。

エグゼクティブにも両方のタイプを見ることができます。エグゼクティブになったことを、スタート点ととらえる傾向の人と、それを目的ととらえる傾向の人です。もちろん、エグゼクティブとしてやることは両者ともにやります。しかし、組織全体に与える影響には違いがあります。エグゼクティブ・チングは、基本的にトップエグゼクティブを目指す人のためのものであり、コミットメントの低いエグゼクティブのやる気を引き出すのには、あまり効果はありません。

さて、エグゼクティブ・コーチングは、週に一度、電話で30分から1時間程度もたれます。そのほかにeメールを使ったり、ときには面談をすることもあります。1週間の間、クライアントはプランに従って行動を起こし、次のコーチングで、それを振り返り、より現実にマッチした行動予定を立てます。ちょうどボクシングの選手がロードトレーニングをしているときに、トレーナーが伴走するようなイメージです。

たとえば、ゴルフの場合、一度ボールをヒットしてしまえば、後はボール次第、風次第ということになります。しかし、私たちが目標に向けて進んでいく場合は、ボールと違って現状把握をしたり、方向修正をしたりすることができます。どんなに練られた戦略をもっていたとしても、現実との間には必ず誤差が生じます。その誤差はリアルタイムで確認され、修正されていく必要があります。一回や二回のコミュニケーションでは誤差を見つけたり、それを修正するには十分ではありません。定期的に、現在進行形で課題について話し合う時間が必要です。また、エグゼクティブの場合、コーチングで扱うテーマも広範なものとなります。単に目標の設定とその管理だけではありません。ストレスのマネジメント、ビジョンの再構築、自分自身の成長、コミュニケーション能力、パフォーマンス・マネジメント、戦略や戦術に関わること。実に多くのテーマが、ときには同時に話されることになります。

また、コーチは常に、リマインドすることを心がけます。彼らが以前何を言ったのか、何を約束しているのか、それについてリマインドすることを欠かしません。ときにエグゼクティブは思考の堂々巡りに陥ることがあります。それは、以前のアイディアと、今のアイディアをうまくリンクさせることができない場合に生じます。以前どんなことを考えていたのか、どんな選択肢があったのか、これらについて、リマインドすることで、その場のブレーンストーミングに、過去の自分を参加させることを可能にします。

コーチングでは、基本的にコーチとクライアントがコミュニケーションを交わします。しかし同時に、クライアント自身が自分自身と向き合って対話できるように、コーチが導くことがあります。それによって、堂々巡りから抜け出したり、問題解決につながる「気づき」を得ることもあるからです。
エグゼクティブには「何のために今の仕事を選んでいるのか?」「今の仕事からお金以外に何を手に入れようとしているのか?」「エグゼクティブとしての使命は何か?」「自分のやりたいことと、今やっていることは一致しているか?」などの質問をして、エグゼクティブの役割について考えてもらいます。

 ●自分のやりたいことと、今やっていることは一致していますか?
 ●今の仕事から、お金以外に何を手にしていますか?

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「もしも自分が二十代の頃にコーチがついていたら」

2004/12/25・2005/01/01合併号

新任のエグゼクティブが新しい役割や職場に慣れるのにどのくらい時間がかかると思うか、講演会の参加者の方々に質問するときがあります。さすがに、1〜2ヶ月で慣れると思われる方はいません。たいていの方は、3〜6ヶ月くらい。さすがに1年以上かかることもないだろうと思っていらっしゃるようです。

ハーバード大学の調査によれば、配置転換したマネジャーが職場に慣れるのにかかる時間は、およそ15〜18ヶ月であると報告されています。新しい職場や役割に慣れるには、時間が必要なのです。

エグゼクティブも同じです。おおかたの人は3〜6ヶ月と思っているわけですが、実際には新しい職場や役割に慣れるのに1年以上の時間がかかります。そのあいだは、エグゼクティブとして十分にその能力を発揮することはできません。職場と役割に慣れるために、多くのエネルギーを費やしているのが実態でしょう。

エグゼクティブにコーチをつける目的のひとつは、新任のエグゼクティブがその役割にいち早くマッチできるようにコーチングすることにあります。通常15〜18ヶ月かかる時間を、可能な限り短縮させるのです。それによって、いち早く、エグゼクティブとしての仕事ができるようになります。

コーチングではまず、場に慣れるためのプランを練ります。そこでの人間関係、仕事のやり方、部下を知ること。さまざまな角度から現状を把握するための棚卸しをして、プランを立てるのです。

部下については、一人ひとりの部下のスキル、持っているタスク、ビジョン、パーソナリティなど、およそ四つのカテゴリーに分けて、部下についての独自のデータベースをつくってもらいます。実際にデータベースをつくり始めると、自分のほうから部下に話しかけ、部下について知ろうという行動を起こすようになります。

実際、部下を前にして、なにを話したらいいのかわからないという上司は少なくありません。それは、自分の頭の仲にデータベースを持っていないために、部下に興味を向けられないからです。一度データベースのフレームができれば、そこからはそのデータベースの更新を続けていきます。

場に慣れるのには、もちろん時間が必要です。しかし、コーチングを通して、その時間を短縮していくことは可能なのです。

最近、私はよく思うのです。もし自分で会社を始めた26歳の頃にコーチがいたら、どんなに効率よく、効果的に会社を運営することができただろう。早くから自分のビジョンに気づき、戦略をもって経営できたのではないだろうか、と。

現在、私は自分にコーチをつけています。毎週火曜日の朝8時から、1時間のコーチングセッションをもちます。毎回セッションが終わるたびに、新しい視点を手にしていることに気がつきます。同時に、仕事に向かう自分がワクワクしているのを感じます。

コーチは常に、これまでのプロセスを反芻し、ポイントをリマインドしてくれます。わかったつもりになっていることでも、ていねいにリピートしてくれます。

2年後、3年後の視点に立って、今の自分を見る機会をもつこと、ビジョンを構築すること、日々の仕事を棚卸しすること、自分自身の成長。コーチをつけていることで、確実に可能性を広げていることを実感しているのです。

「もし20代の自分にコーチがついていたら、どうだったと思いますか?」
「3年後の自分から今の自分を見て、どんなアドバイスをしますか?」

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