Editor's Room

itoh.com の舞台ウラをリアルタイムにご報告します。

2018年7月20日(金) 「誕生日」

誕生日をわざわざ祝ったりしない、なんて硬派(?)なことを言っている時期もありました。今でもあまり自分の誕生日を特別意識している感じではないのですが、周りの人の誕生日には、一言おめでとうと言える自分でありたいなと思ったりしています。Facebookは毎日のように誕生日をお知らせしてきます。でも、知らない人だったり、すごい身近な人だったり、ランダムにくるので、なんとも不意打ち感が否めません。なかなか本人には言えなかったりもするのですが、心の中ではおめでとう、と思っているので、何か第六感的なもので感じ取ってもらえるとうれしいです。今日はSさんの誕生日。たまたますれ違ったので、声かけれました。ちょっと驚かれた。(T)

社員間で誕生日を祝うという弊社独自の風習がある。まだちっぽけな会社だった入社当初は誕生日が近づくと胃が痛くなった。祝う対象に近しい人が紹介文とプレゼントを用意する。当日「みなさん、集まってくださ〜い」と周囲に呼びかける。その刹那、祝われる側である私は全身の毛穴が開く。好奇の目をした数十人に囲まれ、「ハッピバースデー」を一斉に歌われ、視線の置き場はどこにもなく、どうしようもない恥ずかしさで意識朦朧。それなのに最後は一言述べることを強要され己の無力さを思い知り、夜枕を涙で濡らす。私にとってのお祝いとは、琵琶湖湖畔の竹林に囲まれた庵にて、冷茶を飲みながら独り静かで穏やかな時を過ごすか、ただひたすら独りでローカル線に乗り、ビールを飲みながら静かに車窓を眺めるかだ。だが、そうした淡い期待は叶うはずもなく、年々過激化(ラディカリザシオン)し、サプライズにしようと偽会議が設定されて、フラッシュモブという寸劇が執り行われるようになった。会社が大きくなって収拾つなくなり、そうした風習は簡素化し、安堵している。年始に誕生日を祝い合うベアがくじ引きで決められ、相手の誕生日が近づくと総務の指示に従い、紹介文を書き、数千円の予算内にてプレゼントを用意する。誕生日当日は相手にプレゼントを渡し、総務より全社宛に紹介文がメール送信され、経理に経費申請する。祝われる立場として好奇の目にさらされることはもうない。祝う立場として、紹介文を書くのは好きなのでまったく苦ではないどころか楽しく、あとは経費申請を間違いなくすること以外に負担はなく、祝われる立場も厳しい小遣い制度のもとでの貴重なプレゼントなので楽しみである。ただ、一つ年齢を重ねてしまうという悲劇だけは逃れようもない。(HK)

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