Editor's Room

itoh.com の舞台ウラをリアルタイムにご報告します。

2017年3月10日(金) 「シリコンバレー」

シリコンバレーと日本を行き来していると聞くと、なんかすごい、と反射的に思ってしまう。ボストン、ワシントン、シカゴ、ラスベガス、ハワイ、いろいろなアメリカがあるけれど、行き来していてすごいなーと思うのはシリコンバレー。ニューヨークやダボスと日本を行き来しているときくと、飛行機移動の大変さが想像されてしまうが、シリコンバレーとの行き来となると、飛行機の中でもずっとパソコン触っていて楽しそうな気がする。そうそう縁のある場所でもないので、とりあえず今日はアメリカンでも飲もうかな。(T)

「飛行機は危ない」という理事長の強い信仰により、九州への修学旅行の往復は行き新幹線、帰りはブルートレインという苦行を強いられたが、何故か内部進学の高校1年生の夏休みにはカリフォルニア大学バークレー校とサンタクルーズ校への語学研修が用意されていた。そんな矛盾のはらんだ研修は、学校で大学生向けの寮を借り切り、英語の授業は学校のクラスそのまま。担任の監視のもと、現地の大学生が簡単な英会話を教えるだけであり、ホームステイなんぞどこぞのものという趣なのである。研修期間の真ん中でバークレーからサンタクルーズへの移動があり、道中シリコンバレーを通り過ぎる。もし今であるならば、起業家たらんとする野心溢れる高校生として、バスの車中であろうと先進的な空気を勝手に吸い込んで、意識の高さの極限に登りつめるのだろうが、私がシリコンバレーを通り過ぎたのは四半世紀前である。当時はYahoo!もGoogleもFacebookもなく、Appleも潰れかけというか、Appleの本社がどこにあるかなど何一つ関心ないのである。バスの車中で話題騒然だったのは、伝説のメジャーリーガーであるノーラン・ライアンの投球が観れたことであり、誰それが現地の大学生の先生のことを好きになっただの、夜騒いでいた生徒をボコボコにして、日本へ強制送還された体育教師のことであり、授業中でトイレに行きたいと英語で言えないばかりにとんでもないことをしでかした誤射くんの話であった。(HK)

この地域一帯の人に出身地を聞くと「ベイ・エリアだよ」と返される。‘君も浜っこか・・・’と訳の分からぬ横浜イメージが会話の集中を邪魔する。ランドマークタワーも日本丸もベイブリッジもないのに、都市名でもないこの一帯を目指して世界中から人々はやってくる。そんな他ならぬ魅力とは何なのか、考えた結果浮かんだのは、「天気」だった。通年で温暖な気候、雨が降るのは稀、突き抜ける青空に朝・夕焼けがセットで付けば、ファッションや近代文化の発信地としても定着したようである。一度、ロサンゼルスを離陸した後に機窓から海沿いを眺めていたら、サンノゼからサンフランシスコまで一帯が見えて思わず「グーグルマップで見てるのと形が一緒だ」と、また訳の分からないことを言って隣の人に笑われたことがある。そんなシリコンバレーの北側、パロアルトに位置するスタンフォード大学の校訓は「自由の風が吹く」。さらにこの地に根付く起業“風土”、ナパバレーに代表される葡萄の栽培環境を整える太平洋からの穏やかな“風”、その“風”が起こす海流で育てられる魚介類。いつの時代も、シリコンバレーには様々な風が吹いているのだろう。そして今日も部外者は“風邪“をひいて帰っていくのだろうと想像する。何と言ってもここはアップ・オア・アウトの風の谷だから。「僕もベイ・エリア出身なんだ」。次はそう返答してみよう。皆様、良い週末を(N)

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