Editor's Room

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2009年7月24日(金) 「宿題」

小さい頃、宿題は早めに終わらせるタイプだった。小学生のときの夏休みの宿題は、3日くらいで終わらせていた。そして残りの日々はひたすら遊ぶことに徹していた。海、山、プールなど、真黒になって走り回っていた。紫外線が怖いなどという概念すらなかった。無知って怖い。1か月半近く思いきり遊ぶので、新学期は新鮮な気持ちで迎えられた。だが、宿題をしたのがあまりにも昔なので、勉強の内容をまったく覚えていないという問題があった。前日に宿題を終えた人に、スタート時点で大きく差をつけられている。しかし懲りもせずに、6年間、毎年それを繰り返した。そういえば小学校低学年のときの宿題で「絵日記」があった。天気なども記入しなければいけないので、こればっかりは先に終わらせるわけにはいかない。しかし私は絵日記までも終わらせていた。あさがおやヒマワリの絵を描いて、コメントを適当に書く。「海に行った」「花火をした」など、夏はイベントに事欠かない。天気はほとんどが晴れで、たまに曇りを入れていた。今考えると詐欺である。よくバレなかったものである。もう完全に時効だけど「先生、ごめんなさい」とこの場を借りて謝っておこう。(M)

終わりよければすべて良しという思想に基づけば、8月31日に集中的に夏休みの宿題をすることは大変理にかなっていることになるのではないか。さらに勉学に打ち込んだ夏とアピールすることすらできるだろう。実際8月31日の苦痛は夏休みの楽しい思い出をすべて塗り消してしまう。海、プール、旅行、カキ氷(ブルーハワイ)、朝から晩までの信長の野望・・・楽し思い出も全て帳消しだ。残る記憶は苦しい宿題だけ。私は当然8月31日に宿題をする正統派だったので、夏休みといえば宿題しか思い浮かばない。小学校から苦しみは始まり、大学生まで宿題やレポートに悶え苦しんだものだ。社会人になってやっと宿題がない夏休み、ただ単純に楽しめる夏休みを迎えることが出来た。ただ、学生の頃の夏休み期間中ずっと勉強に打ち込んでいたら、海外で英語が通じずに四苦八苦することもなかったと思うと、ツケは払っているのである。(HK)

宿題。いまでも、気の重くなる響きです。わたしは試験はわりと好きでしたが、宿題は嫌い。試験は、その場で終わってしまうからいいんですよね。もちろんその前に勉強をしなければならないけれど、勉強するかしないかは自分で決められるわけですから、「やらなければならないこと」を抱えているよりは、ずっと気が楽です。いまでも仕事の未完了を抱えるのが嫌いなわたし。その日にできることは、とにかく全部片付けてしまおうとする傾向があります。そしてときどき、息切れをします。少しの未完了をもったままでいられたほうが、人生は楽かもしれません。(C)

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