Editor's Room

itoh.com の舞台ウラをリアルタイムにご報告します。

2009年4月17日(金) 「公園」

実家の周りには公園がたくさんあった。土地が余っているというからだと思われるかもしれないが、ニューヨークにセントラルパーク、さいたま市に見沼田んぼがあるのと同様に、行政が都会のオアシスとしての公園の機能を重視しているからだとしておきたい。そのおかげで小学生の頃、ファミコンを買ってもらえなかった私も、友達の家でファミコンを占領するほかにも、外へ出て遊ぶ楽しさがあった。ホームグラウンドはバイパス公園だった。国道のバイパスの陸橋の下のスペースを利用しての児童公園だ。そこでブランコやシーソーなどという子供の遊びに目もくれず(ブランコは怖い、シーソーはお尻が痛い)野球やサッカーを楽しんでいた。そこでマラドーナばりの黄金の左足を磨いたといえば、嘘だ。陸橋の下というロケーションのせいで日も当たらず、低地のせいか湿気も多く、野良猫や野良犬の糞地雷もいたるところに潜んでいるが、今でも変わらず存在しているのがうれしい。とはいえ私が子供の頃と違って、子供が遊んでいるのをほとんど見たことはない。私の子供の頃は一大人気スポットだったのに。今の子供よ、外へ遊びに行け。外は楽しいぞ。いらなくなったプレステ3はもらってやるからな。(HK)

エディターHKの実家の周りは土地が余っていたから公園がたくさんあったようだが、わたしの実家の周りは土地が余りすぎていて、公園なんてものはなかった。遊ぶときは公園じゃなくても、こんなに自然があるじゃないかという感じで、行政は完全に手を抜いていた。砂場や小さな滑り台は幼稚園の園庭、大きな滑り台やブランコ、鉄棒、雲梯(うんてい)は小学校の校庭にあっただけだ。確かに砂場の代わりに、その辺を掘っていれば良かったし、ブランコは祖父が家に作ってくれたので、楽しく遊んでいた。でも公園には公園にしかない雰囲気があるし、楽しい遊具もある。「緑が少ない」「自然がない」と言われる東京だが、私から見れば、いたるところに公園がある恵まれた環境だと思う。近所の公園は、いつも子どもたちでにぎわっている。平和で穏やかな光景だ。遊具で楽しく遊ぶ子どもたちを見ていると、たとえ田舎でも公園は必要だな~と思う。ちなみに個人的に好きなのは、お花見時期以外の井の頭公園。でも井の頭公園でデートすると別れるという噂(都市伝説?)もありましたね。ほんとかな。(M)

実家の近くに「交通公園」という公園があって、子どもの頃、よく遊びに行った。交通公園というものが、いろんな町にあるものなのかどうかがわからないが、自転車用の自動車教習所みたいなつくりの公園である。公園の中には、ミニチュアの道路が走っていて、信号や横断歩道などがある。そこを自転車で走って遊ぶのである。普通の道路であまり見かけることはないが、自転車に乗っていて角を曲がるときには、手を挙げて合図するのをご存知だろうか。ハンドルから手を離す、というのが安全なのかどうかは疑問だが、曲がる方向を右手で合図する。右折はまっすぐ横に手を伸ばし、左折は肘から上に曲げる。信号が黄色になったら、無理に走り抜けずに停まる、とか。そういった交通ルールを、子どもにおぼえさせることが目的の公園なんだと思う、たぶん。自分の自転車に乗って遊びに行くのだが、歩いて行っても、もちろん遊ぶ場所がある。歩いていった場合は、歩行者として交通ルールを学ぶ。横断歩道を渡るときには手を挙げて、とか。あれで交通ルールが身についたかどうかは疑問だが、擬似道路を走る、というのは、それだけで結構楽しかった。いまは、その公園で、甥や姪が遊んでいるらしい。時は流れる。(C)

itoh.comトップ > エディターズ・ルーム > 2009年バックナンバー

go Pagetop