Editor's Room

itoh.com の舞台ウラをリアルタイムにご報告します。

2006年3月3日(金) 「卒業」

「卒業」と聞くと、今でも少し切ない感じがします。それまで毎日会っていた仲間と次の日から会わなくなる。切なくなるのも当然ですね。一番思い出に残っていて、今でもときどき思い出すのは高校の卒業式。仲の良かった友達だけではなく、それほど仲の良くなかった同級生、厳しかった先生、カフェテリアのメニュー、体育館、校庭、机、すべてが名残惜しかった。卒業5年後くらいに休み中の高校を訪ねたことがありました。同じ教室にいきましたが、私がいた頃とは空気がまったく違いました。でも友達と「この辺に座ってたよね」などと話し、その頃に少し戻った気がしました。今でも自分がいた頃の教室の雰囲気や空気は思い出せそうです。もしかしたら気持ちはまだ高校から卒業できてないのかなぁ・・・。だとしたら、大問題です。(M)

卒業の季節になると、巷には卒業ソングがあふれます。耳にする新曲も、この季節は卒業を意識したものが多い。そして、そういう卒業ソングはときどき爆発的にヒットします。私が小学校6年生のときには、海援隊の『贈る言葉』(古い!)が大ヒットしました。そして、中学3年のときには、柏原芳恵の『春なのに』(これまた、古すぎ!)。私が卒業する年は、いつも卒業ソングに恵まれるなあ、やっぱり運がいいんだなあ、とバカなことを思っていたものです。ところが残念ながら、高校3年生のときには、とくにはやった卒業ソングはありませんでした。私の卒業ソングに恵まれる神話も、そのときに途絶えたのでした。ちなみに、季節柄か、オフィスでよく松田聖子の『卒業』を口ずさんでいるのですが、この歌を知らないスタッフが増えてきて、世代の差を強く感じる今日この頃です。(C)

卒業といえば、卒業アルバム。ページをめくるごとに歩んできた過去が甦り、思い出にひたることができる。先日、部屋を掃除していたら小学校の卒業アルバムが出てきたので、ページをめくってみる。写真のページで懐かしさを噛み締めつつ、文集に目を移す。テーマは将来の夢だ。やはり小学生らしく、電車の運転手やプロ野球選手、幼稚園や小学校の先生、お菓子屋さん、医者、看護婦など微笑ましいものが多い。しかし一部で夢というよりか考え方を改めた方がいいと思わせるものを書く者もいて、そういうのは間違いなく男子である。「のんびりテレビを見たり、ラジオを聴いたり、おかしを食べたりして滋賀県に行って一日一日をゆっくりと過ごしたい」、「大人になっても悔いの残らないように今は遊んでいた方がいい」、「家賃10万円のマンションを建ててがっぽがっぽもうけて、ハワイに行って3泊5日を過ごして日本に帰る。またがっぽがっぽもうけて、ハワイで3泊5日で過ごす」、「早稲田大学に行く。ぼくは早稲田にこだわる。早稲田に行けば道が開ける。落っこちたら、きっぱりと諦めて北千住をうろうろする」。ちなみに自分は「国連事務総長」と書いていたが、これは世界平和を希求したり、国際政治に興味があったというわけではなく、ただ単純に「世界で一番偉い人は国連事務総長だ」と思い込んでいただけだ。本当に男子はどうしようもない。このような男子に対して女子は実に立派である。「夢を捨てないでがんばりたい」、「社会のために頑張りたい」、「豪華でなくていいから友達が笑顔でいつも周りにいる生活がしたい」、など良いことを書く。このような女の子でも特に立派な子の文章を紹介したい。「大人になるまでに夢が変わってしまうと思います。将来は夢とは違った平凡な生活かもしれませんが夢はいくつ作ってもいいと思います。だから私は、もっと夢を21世紀に向かってふくらませていきたいです」。このアルバムに載っている12歳のガキは28歳になった。「国連事務総長」という記述したことで、この卒業アルバムは記憶から抹殺したいが、そういうことを思っていた時代を経て今の私たちがある。アルバムに載っている一人ひとりもあの時代を歩んできて、嬉しいこと、楽しいこと、悲しいこと、辛いことを経験して28歳という今を生きているのだ。みんなは、どんな28歳になっているのだろうか。余談だが、小学2年生の頃、将来の夢がテーマの文集で「(北斗の拳の)ケンシロウになりたい」と書いた強烈な女の子はどうしているのだろうか。よく泣かされたので仕返ししたいが、そういう女の子が美しい女性になっていたり、良いお母さんになっていたりするのだ。(ケンシロウという夢を実現させていないことを切に願う)。(HK)

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