Editor's Room

itoh.com の舞台ウラをリアルタイムにご報告します。

2004年10月1日(金) 「得意な教科、苦手な教科」

自分でも信じがたいことですが、中学1年までは結構できのよい成績を残してたんです。そこまでは。得意なのは、美術と英語でした。数学も好きな方だった。苦手だったのは体育かな…運動部なのに運動神経がなかったから…。後、社会(特に政治)と理科(特に化学)も歳があがるにつれて苦手教科になっていきました。渡米してからは、もうどの教科が得意とか苦手とかいってる間もなくて。すべての教科が内容以前に英語との戦い。ただあまりしゃべらくなてもすむ美術は、日本人の几帳面さも手伝って、なかなかよい評価を頂いてたのではと思います。数学は一気に苦手ゾーン入りしました。でも、もっとまずいのは、中1で完全に学習のストップしているもの。漢字かけません、日本語文章おかしいです、日本史・地理知りません。その分、英語ができるようになってればよかったのですが・・・。(Y)

小学校から高校までの間、漢字テストではよく漢字を創作し、先生や同級生に感心されていました。歴史のテストで人物名を答える欄があると、授業で何度か耳にしたことのある名前をすべての欄に記入していました。数打ちゃ当たる方式ですが、これが思うほどうまく行かないのです。たぶんテストの範囲とわたしの記憶が微妙にずれていたせいだと思いますが。唯一、文章を音読することだけは好きだったのですが、小学校二年生のとき国語の教科書に出てきた「赤道」を「あかどう」と読んでしまい、教室中に大笑いされたことを今でも覚えています。でも実は何が可笑しいのかしばらくわからなかった6歳のわたしです。学校で一番得意だったのは何と言っても学芸会です。(MT)

高校1年生までは、結構、成績優秀だった私。全教科、割と均等に勉強ができました。調子に乗って、2年から進学数学コースに進みました。ところが突然、まったく数学ができなくなってしまったのです。基礎解析、代数幾何、微分積分・・・。「ひ、ひどい!こんなに難しくなるなんて聞いてない!」 この叫びは誰にも聞こえず(当然ですが)、受験にもまったく関係のない数学を卒業のためだけに、2年間勉強し続けたのでした。社会に出てからも1度も使ってないなぁ、代数幾何。(M)

小学校の頃から算数が苦手でしたが、中学校に入ってから数学の塾に通い、少し得意になりかけました。ところが、高校に入って大きくつまづくことになります。私の入った高校は、いわゆるエスカレーター式の学校で、附属の中学校では中3までに三角関数を終えていました。高校から入学した私は、「春休み中にこれを読んで数学を勉強しておいてください」と、数学の冊子を渡されました。開いてみてもわけがわからかったので、結局勉強しないまま高校へ。そしてわからないまま、時は流れていきました。今振り返っても、10段階評価で5とか6の成績がとれていたのが不思議なくらい何もわかっていませんでした。せめて何をやっていたのかだけでも理解したいと思った私は、先日、ある人に数学を教えてほしいとお願いしました。まず三角関数から。次の日に彼から届いたメールには「三角関数についてもっているイメージを絵に描いて、FAXしてください」とありました。私の頭は最初から「???????」。もしかしたらイバラの道に踏み出してしまったかもと思いながらも、わかるようになったときの喜びのためにがんばろうと心に誓ったのでした。(C)

itoh.comトップ > エディターズ・ルーム > 2004年バックナンバー

go Pagetop