実家に帰ると、うちの息子と姪や甥の四、五人で、隠れん坊をします。これがなかなかすごい。僕はだいたい鬼になって、二十くらい数えてから隠れている奴を探さなきゃいけない。家の中だから狭いんですよ。それで、「どこにいるかな?」とか言っていると、きゃあきゃあ声がして、何をやってるんだろうと思って見ると、どきどきヒョイッと顔を出すんです。顔を出したら見つかっちゃうのに、出すんです。仕方ないから最初は知らんふりしてるんですけど、何回も出すからそこまで行って、「○○ちゃん見っけ!」と言うじゃないですか。すると「きゃーっ」っと叫んで、よだれを垂らすんですよ。そして、「どうしてわかったのー?」とか言うんです。どうしてってお前が顔出すからだろうと思うわけだけど、「どうして見つかったのー?」とか言っている。
それから、布団の中で感極まって「うわ〜〜」と叫んでる奴もいる。じっとしていればいいのに、押し入れの中で騒いでる。「見つけた!」って言うと、「どうしてわかっちゃったの?」と、裏返しになってぎゃあぎゃあ騒ぐ。
子どもは、隠れるのと見つかるのと両方楽しむから隠れん坊ができる。大人は蒸発しちゃいますから、隠れん坊にならないんです。子どもは、隠れるのも楽しいんだけど、見つけてもらうのも嬉しいんです。
親の寵愛を得るというのは、見つけてもらう瞬間によく似ています。もし自分で「見つける」側にシフトすれば、もう少し効率よく兄弟との仲とか親子の関係が作れると思います。もしどこかで、親の愛情が均等に振られているかとか、自分にだけ来ないうちは許さないとかいうようなところにいるのであれば、そのことについては、そろそろ解除した方がいいだろうと思います。
僕の言ってることは別に正しくない。だから信じなくていいんですけれど、僕は、そう思う。誰かに見つけてもらうのも大事だけど、自分で自分のことを見つけるのも大事だと。
もう一つある。隠れん坊は、鬼をやるのも面白い。探すのも結構面白いんです。あなたも、誰かを見つける側には回れる。誰かに愛してもらうのもいいけれど、誰かも愛せる。 |